2 「ばっちこい」
人間を快く思わない魔族は多い。それどころか殺意すら充てられた大広間の一件から、早くも数日が過ぎた。
セバスチャンの考察は今の所、シオンのおかげで杞憂に留まっている。向けられる視線こそ恨みつらみが籠もってはいるものの、うっかり手を出したら魔王に何をされるか分かったもんじゃないという、恐れの方が大きいらしい。
ただしそれらは下位の側にいるモンスターによるもので、一部ではその見た目から思いも寄らない程、馴れ馴れしく接してくる連中も居る。
「よぉゲロ人間」
「何だトカゲ野郎」
中身がどうあれ城主による手厚い保護が約束された今、皮を被る必要性は不要と考えた俺は引け目を感じる事も無く城内を散策していた。これは、その時の声掛けである。
廊下ですれ違ったのは例のリザードマン。まったくもって不本意な呼び名を付けられ、いくら訂正を求めても一向に直す素振りを見せないため、こちらも彼に倣って悪態で返している。
「ご挨拶じゃねぇかゲロ人間」
「お互い様だトカゲ野郎。そもそもお前が先にそんな口を聞いてきたんじゃねぇか」
「ケッ、人間如きにまともな口を聞いてやるつもりはねーよ」
「そんなことを言っといて、会う度わざわざちょっかいを出してくれるんだから困りもんだわ」
肩を竦めて切り返すと、トカゲ野郎は腕を組みながら瞳を細め、床に尾を打ち鳴らして自身の苛つき具合をアピールする。
こいつの名はギュッセルと言う。種族はやはりリザードマン。羽が生えているのは先天的に備わっていたものだそうで、つまりは突然変異の個体らしい。
ちなみにグロウグリアスというドラゴニュートとこいつを重ねていた話をセバスチャンにもしていたのだが、その時あっさり否定されてしまっていた。
「……魔王様の所有物じゃなきゃ、てめぇなんて真っ先に食ってやるのによ」
「何度も言ってるが、別に俺はあいつの物でも何でもないぞ。いい加減分かれ」
「知るかッ。てめぇがどう言おうが魔王様の言葉は絶対なんだよ。その余裕ぶっこいた面でノコノコ城を歩けてるのは一体誰のおかげだと思ってやがる」
まぁそれについては否定しまい。あいつなりに気を使ってくれた可能性すらあるのだから。
「こないだのクーデター未遂があってもか?」
「……ありゃ最近調子に乗ってたバカの一例だ。自分と魔王様との実力すら推し量れねぇ哀れなクソガキさ」
「一例ってことは、他にも居るんだな」
「アホらしい事にな。俺らが束になっても勝てる訳ねェってのによ」
どうやら思い当たる節があるようで、トカゲ男の口や鼻から溜息が長めに吐き出される。
「魔王様が不在の合間、こっちはこっちで大変だったんだぜ、まじで」
十五年もの歳月は彼らに大なり小なり心労を与えていたらしく、その台詞はどこか達観染みて聞こえる。
「魔王様が居ないと知れりゃ人間どもは攻めてくるわ下っ端は逃げ隠れるわ……ったく、連中の代わりに毎夜門の前に突っ立ってた俺ァ守衛か何かか?」
「そりゃご苦労なこった。というか、お前以外にも強い魔族は居るんだろ? そいつらはどうしてんだよ」
ラスダンであるはずの魔王城に立つ輩が弱いはずが無い。だったらギュッセル以外にもそういった人物が居てもおかしくない。例えばほら、四天王とか。
「あァ? んなもん居るに決まってんだろ」
「居るんかい」
それなら尚更何故、と聞けばギュッセルは俺を小馬鹿にしたような口振りで答えてくる。
「あのなァ、魔王様が帰ってくるまで何年経ってると思ってんだ──あいつらは、勇者を抑えに行ってんだよ」
その単語に思わず耳が動く。
十五年という期間が影響を与えたのは魔族だけでは無く、人間側も同様なのだ。成長期を迎えてしまった勇者なる人物が、その本分を果たす旅に出ていても何ら不思議じゃない。
「こっちの住処はもうバレてっからな。連中は勇者が直接乗り込んで来れないようにアチコチで騒ぎを起こしてんのさ」
なるほど。四天王クラスの魔族が各地で暴れれば、一般の兵士などでは太刀打ちも出来ないか。対抗出来るのが勇者だけであるのなら、そちらに向かわざるを得ないだろう。
……何だか、ますますRPGみたいな話になってきている気がする。
「まァあいつらがいくら魔王様に次いで強い連中だろうが、勇者にゃ勝てねぇ……だが! 魔王様は帰ってきた! もう何も怖くねェぜ!」
ギュッセルは待ちわびた感情を解き放つかのように、そこで両拳を握り込んでガッツポーズを取った。
「……かと思ったらまさかこんな人間なんざ連れ帰ってくるし、魔王様は何考えてんだか……」
今度は上げた両腕と顎をだらりと下げ、上目遣いに睨んでくる。コロコロ変化する感情の落差に苦笑を催した俺は、お返しとばかりに溜息を付いてやる。
「そんな事言われても、俺だって来たくてこっち来た訳じゃねぇよ。あとそれに関しちゃ魔王はたぶんノータッチだから、あんまり深く考えてやるな」
我ながらフォローにもなってない発言をしつつ、案の定要領の得ない表情を浮かべたギュッセル。
「あン? どういう事だ?」
「まぁその内分かる。何せ俺は、こっちの世界の事はなぁんも分からんからな」
「……ハハァン。てめぇさては、どっかの貴族の息子か何かだな?」
今のところ、ギュッセルを始めとした魔族達には、俺が別世界の住人だという事についてまだ知らせていない。話しても良いんだろうが、話がややこしい事になりそうな上、結局俺が人間である事実には変わりないのでわざわざ釈明しないだけである。
なので彼の的外れな答えは当然の結果。正解でも導き出したようなギュッセルのドヤ顔に、俺が小さく吹き出してしまうのも自然な反応であった。
「そんな大層な身分じゃねぇな。俺は、ただの一般人だよ」
その台詞を彼の元に置いて、散策を再開するべく足を動かす。
「……いやいやッ、ただの人間が魔王様と一緒に居る道理もねェだろうがッ!? まてこらテメェ! 話はまだ終わってねーぞ!?」
「んだよもう大人しく誤魔化されとけよめんどくせぇなお前」
「ンだと!? このゲロ人間風情が! ブッ殺すぞ!」
「やってみろ爬虫類。言っとくが俺に手を出したら魔王様とやらの命に背く事になるぞ」
「……それ自分で言っといて情けなくねぇか? お前それでも一応男だろ?」
「やかましいわ。急に素面になるのは止めれ」
結局ギュッセルから開放されるには、それから数十分を要する羽目となった。
こいつの場合、突っ掛かるのは良いがいちいち喧嘩腰なのがな。
それでも。右も左も分からない不慣れな場所において、彼のように馴れ馴れしくも構ってくれる輩がいるだけ、多少は気が楽であった。
******
セバスチャンから渡されていた簡易的な城の見取り図を元に、特に目的のない散策は続いている。相変わらず奇異な視線を向けられる事が多い中、次に足を向けたのは食料庫である。
食料庫は一階にある大食堂の下層に位置しており、今もなお下っ端らしき魔族達が、忙しなくその間を行き来していた。地下にある分薄暗いが、点々と配置されている小さな燭台のおかげで視野は必要十分だ。
百人単位が居住する魔王城の食料庫の広さは言わずもがな。更にはこちらの世界と差して変わらない見た目の食料が、所狭しと積まれている。以前セバスチャンが『似たような料理』と言いながらこちらの食事を褒めていた事があったが、まさか素材までもほぼ同一だとは。
実際この数日間に提供された料理の品々も同上なので、今更驚くほどではないのだが、やはりこの目で確認すると少なからずの感動は覚えてしまうものだ。
「……でもなぁ。やっぱり水がなぁ」
その一角。往来の少ない所で食材を眺めていれば、思わずそんな台詞が口から漏れ出す。
魔王城の水は城の後方に作られた貯水池、あるいは地下水から運んできているらしく、その味は生臭いものが多い。
地下水はマシな方だが、貯水池の水なんて正直元の世界で慣らした舌からすれば、よほど貧困にあえいでいなければ厳しいと言わざるを得ない。それ美味そうにガブ飲みしたギュッセルを目撃した日には、思わず拍手を送りそうになった事もある。
「水がどうかした?」
そんな中、女の子の声が耳に届く。
声の主の方へ目を向ければ、色鮮やかなモンスターがそこに居た。身長は1mほど。緑色の上半身には、様々な配色の草花が慎ましい胸部を隠すように生えており、地面に咲いた巨大な一輪の花がその腰元から上を支えている。腕が無い代わりに太めのツタが肩から生えていて、それが途中で枝分かれをし、触手さながらに動いていた。
「……いや、ここの水がもうちょっと美味けりゃなぁと」
「嫌なら、飲まなくても良いんだけど」
「それはそれで死活問題だし飲むけどよ」
表情こそ感情の起伏が見受けられないが、その顔付きは十代半ばくらいの可愛らしいものだ。身体と同じく緑色をした顔に、これも緑の髪の毛が頭から生えている。シオンは角であったがこのモンスターの頭部に備わっていたのは、拳一つ分ほどの蕾である。それが耳の上付近から二つ付いており、更に右側の蕾の周囲を囲うように花飾りが装着されていた。
彼女はどうやら、植物を媒介とした魔物の一種──アルラウネのようだ。
「わがまま」
彼女はこちらをじっと見つめてくるなり、短いながらも辛辣な言葉を放ってくる。何だか小さな子どもにお叱りでも受けたかのような気分である。
「す、すまん」
「水はだいじ。返事は?」
「はい」
「分かればよろしい」
相変わらず表情に変化を見せず、淡々と述べてくるアルラウネに頭を下げて応える。許しを得て顔を戻しても、その瞳は未だこちらを捉えたままピクリとも動いておらず、さしもの俺も次第に居心地の悪さを感じてきた。
「お、お前はここに住んでいるのか?」
場の空気を変えようと自ら質問をしてみる事に。
「?」
ともすればアルラウネは言葉の意味を考えているのか、無表情のまま小首を傾げた。
「いや、ほら。お前足が無いだろ? 地面にでも根を張ってんのかなって」
地下は通路と食料を積んである場所や棚以外、地面がむき出しの状態である。植物由来のアルラウネが居る場所もやはり、舗装がされていない地面の上だった故の発言だ。
彼女はそこでようやく合点がいったのか、斜めになった顔を元に戻す。
「はぁ。お前は、私がここから動けないとでも?」
と、言うや否や。アルラウネはその下半身の花びらをぶるりと震わす。
「こうすれば動ける」
言いながら、彼女の体長が数十センチほど伸びた。正確には花びらの下から何本かの根が生え伸びていたため、その分背が足されたのだ。それが足代わりだと言わんばかりに蠢かすと、アルラウネは前後左右、挙げ句に天井まで張り付くような移動をして見せていく。
「おぉ、く……器用なもんだ」
果たして「蜘蛛みてぇ」などと頭に過ぎった言葉をそのまま投げたらどうなっていたのやら。
一周回って元の位置に戻ったアルラウネはその場で根を引っ込めると、最初に見た体長にストンと収まる。
「人間はこんな事も知らないの」
「いや他の連中はお前らの生態くらい知ってると思うぞ。俺が特殊なだけだ」
「ふーん」
例によって抑揚の無い喋り方に、呆れているのかどうかすら今ひとつ判別が付かない。
「じゃあこんな事も知らない?」
するとアルラウネは、両腕のツタをこちらに向けてしならせて来た。
唐突に伸びてきたツタに反応出来る訳も無く、俺の身体はあっと言う間にその両腕でもって簀巻きにされてしまった。
「もごっ!?」
視界は塞がれていないものの、猿ぐつわの如く這わされたツタによって発声を封じられる。
「私達は水と光さえあれば生きていける」
突然の出来事に困惑を隠せないままその場でもがいていると、アルラウネはその腕に絡めた俺を引き摺りながら縮ませていく。
「けど、一番欲しいのは精気」
最終的に彼女の胸元まで引き寄せられた俺は、その淡々と述べられた台詞を聞いて悪寒を走らせる。同時に、全身に巻かれるツタの力が徐々に強くなっていくのを感じた。
「最近ご馳走を食べていなかったから丁度いい」
まさかこいつ、このまま俺を絞め殺す気ではなかろうか。アルラウネという魔物は、人間の男を養分にするという話もあるくらいだ。
いやいや冗談ではない。ただの18禁で済む話ならまだしも、単語の末尾にGが付いては男の本望もクソもねぇ。
何とか抜け出そうと全身に力を込めるも微動だしない。その反応を知ってか知らずか、アルラウネは余ったツタの先端をこちらに向けて近付けてくる。
「いただき……」
「──何してんだバカタレェ!」
ツタの先っちょがこの面に触れるかどうかという矢先、聞き覚えのある怒号が食料庫に響いた。
「おいおいおい馬鹿かお前っ、そいつにンな事したら魔王様にぶっ飛ばされんぞ!?」
「……ます」
「人の話を聞けやコラァ!?」
焦燥感を露わに近付いてきた男──ギュッセルは、構わずツタを刺そうとしてきたアルラウネの頭を引っ叩いて無理やり制止させる。何だこいつ超頼もしい。
「痛い」
「そりァ思いっきり叩いたんだからいてーに決まってんだろうがッ」
「……どうして邪魔をするの?」
「……ハァ、お前なぁ。いいからまず解いてやれ」
溜息も露わにツタを外すよう説得をしてくれるギュッセルと俺を交互に見やり、アルラウネはしばし悩むように沈黙を決める。
「せっかくのご馳走だし」
「だから止めろッつってんだよ!?」
やがて自身の欲求に負けたアルラウネの頭を、ギュッセルは再び引っ叩いたのだった。
******
「ッたく、ちっと目を離した隙にこんな事になってるなんてな……てめーはよぉ、自分の置かれた状況ってのを理解してねェのか?」
「今回に限っちゃ面目もねぇわ」
ツタから開放された俺は、その場で憤慨するギュッセルの説教を受けていた。一方アルラウネは表情を変える事もなく、しかし叩かれた頭は気になるのか、しきりにその腕を頭頂部へ当てていた。
「おめーもだよシュフュシュ。魔王様がこいつにゃ手を出すなって言ってただろ?」
「でも、人間は食べていいって言ってた」
シュフュシュ。それがこのアルラウネの名前らしい。何とも噛みそうな名前……であるのはさておき、シュフュシュはそう言って抗議する。同じ魔族相手でも声のトーンに変化すら無いのは、もはやそれが彼女の特徴なのだと捉えて良いだろう。
「だーかーら、それは別の人間の話であってだなァ。こいつは例外なんだよ」
「この人間は食べては駄目?」
「おう」
「じゃあ精子は?」
「お、おう。そりゃあアレだ、時と場合によるな……」
何とも、未だ物事に善悪の付かない娘へ事を教える親父のような台詞である。
「でも、全部吸い取ったら結局死ぬ」
「そうだなァ、こいつに関しては死なん程度に手加減してやれ」
「分かった」
「ヤる前提で話を進めんでくんない?」
人間と魔族の性事情にどこまで差があるのかも知らんが、こんな所で腹上死などするべくもない。
「うっせェ。今大事な話をしてんだからゲロ人間は黙っとけ」
「こんな所で性教育すんなって言ってんだよトカゲ野郎」
言いながら、その中身は人間と全く変わりが無いと実感した俺である。
「チッ……まぁアレだ、シュフュシュはこないだのバカとベクトルは違うが、魔王様が不在の間に生まれた奴でなァ。まだ色々と成長途中なんだわ。だから今回の件は多めに見てやってくれや」
「魔王に言わないようにってか?」
「そういうこった」
ギュッセルはそう言いながら、シュフュシュの頭を何度か軽く叩く。それを振り払おうとしているのか、彼女のツタが忙しなく動く様は何となく微笑ましい。
「そんなつもりは端からねぇから安心しろ。何よりこちとら助けてもらった身だしな」
「へぇ。案外物分りが良いじゃねェか」
「こう見えて世渡り上手なんだよ俺は」
感心しながらもからかいを忘れないギュッセルに、肩を竦めて切り返す。
「ていうか、お前らにそんな仲間意識があったって方が驚きだわ」
「ケッ……魔王様が居ない間、散々人間どもに思い知らされたからな。こうでもしなきゃやってられなかったんだよ」
なるほど、魔王という絶対的な強者が居なかったからこそ気付かされたという訳か。団結……という言葉が魔族に似合うかどうかは分からないが、どうやらシオンの居ない十余年もの期間は、奇しくも彼らを一枚岩に仕立て上げる絶好の機会だったらしい。
「まァ、一部にゃボライアスみたいな奴こそ居たが、残念なことに魔王様に殺られちまったしなァ。他の奴らは、とっくに魔王城から去っちまったし」
「言葉の割に全然悲しそうじゃねぇなおい」
ギュッセルはそれを聞くと口角を上げて応えるが、それ以上は何も言わなかった。
「ギュッセル、嬉しそう」
そんな彼の内心を察知したのか、シュフュシュが面を上げてギュッセルの顔をまじまじと見ている。
「……ケケッ、大人にゃ色々あるんだよ」
「色々」
「そうだ。まだまだちっせーお前には、分からんで良いことさ」
鋭利な爪が当たらないように手の平を広げたギュッセルは、眼下にある緑色の髪をくしゃくしゃにしながら思考の意味をはぐらかせた。
「……なんか親子みたいだなお前ら」
「バカ言え。リザードマンからアルラウネが生まれる訳ねーだろが」
「そういう意味じゃねぇよアホ」
全くもって見当違いな返事に小さく吹き出しながら答えれば、ギュッセルは途端にしかめっ面になって舌打ちまでしてくる始末。
「……いいかシュフュシュ、よく見とけ。世の中にはあんな言葉使いが荒くて性格の捻じ曲がったクソみたいな人間が居るんだ。間違っても真似しちゃ駄目だぞ」
「うわぁ引くわー。言葉の意味が理解できないからってそこで子どもを盾にするとか無いわー」
そもそもこの見た目十代半ばのアルラウネを幼児扱いしていいのだろうか。
ええいままよ。トカゲ野郎がその気なら、こっちにだって考えがある。
「ほら、シュヒュ……くそ、やっぱ言い辛ぇ──なぁシュシュ、そんなむっさいオッサンの所居ないでこっち来い。兄ちゃんが遊んでやるよ」
「なっ!? てめェ、俺がオッサンだと!?」
興味を惹かすポイントその一。今まで呼ばれたことの無いであろうあだ名を付けて、優しく声を掛けてみる。
「ほらな? そいつはオッサンだから直ぐ怒るんだ。しかも殴るしなぁ。怖いよなぁ。兄ちゃんはそんな酷いことしねーからなー」
ポイントその二。営業スマイルで鍛えた表情筋を遺憾なく発揮。子ども相手でも泣かれた事のない、屈託のない笑顔で対応する。
「シュフュシュ! あんな奴の言う事を聞くんじゃねぇ! いいな!?」
「ほらまたそうやって直ぐ怒鳴るー。止めろよおっかながってんだろ?」
「ぐっ!?」
とはいえ怒鳴られた所で表情が全く変わってないので、実際怖がっているのかどうかも知らんがポイントその三。あくまでも自分は子どもの味方であるという事を示しつつ、自然に両腕を広げておいでアピール。
「……シュシュ?」
ツタの先で自分を差し、小首を傾げるシュフュシュ。ここにきてようやく、不慣れな言葉に興味を示したらしい。
「そう、シュシュ……知ってっか? シュシュっていうのは、お前の頭にも付いてる可愛い髪飾りの事でもあんだぜ? すげー、お前にぴったりなあだ名じゃねーか」
「……そうなの? 可愛い?」
「おうとも」
ポイントその四。興味を示した物にはしっかりとした受け答えをし、加えてどんな言葉でも良いので褒めて返す。更にいくら姿形の異なる魔物だろうが、シュフュシュが女の子であるという事実に追い打ちを掛ける。
「だから俺は、お前の事をシュシュって呼ぶけど良いよな? そっちのが可愛いしさ」
「……うん。そっちの方が可愛いから良い」
ながらに、ギュッセルから離れてこちら側に着いていたシュフュシュの頭を優しく撫でてやる。よし、勝った。
「だそうだ」
「何が、だそうだ、だテメェこのゲロ野郎ッ!? シュフュシュを誑かしやがって!」
こちらが見せる勝ち誇った表情に保護者様は大層お怒りの模様。
「言いがかりも甚だしいぞ。シュシュはただこっちに来たいからそうしただけだろ? この子の意思を尊重しろ意思を」
「うるせェ! そのシュシュってのを止めやがれ! ブチ殺すぞ!」
「ギュッセル、さっきからうるさい」
「──ッ!? ッ!?」
どうやらシュフュシュの一言により、彼の元へ雷が落ちたらしい。もちろん比喩ではあるが、ギュッセルは彼女の言葉を受け、その場で声にならない声を上げながら硬直してしまった。
「人間。お前の名前は?」
そんな彼の気持ちを知る由もないシュフュシュは、こちらを見上げながら尋ねてくる。
「
「分かった。イッキ兄ちゃん」
その時俺の身にも電撃が走る。何だ、この破壊力は。
まさかこの歳になって兄と呼ばれようとは。しかもモンスターが妹ときた。いやまて冷静になれ。くすぐったさに身悶えてる場合じゃない。
「……兄ちゃんはいらねぇかな」
「イッキ兄ちゃんは自分で兄ちゃんと言った。だからそう呼ぶ」
「そ、そうか……」
複雑な思いでそれに答えていれば、こちらをじっと捉える瞳が燭台で揺れる火の反射を受け、少し潤んでいるようにも見えた。
「……駄目?」
「ばっちこい」
これで断ったら兄、いや男が廃る。
そんなこんなで自らの発言が仇となり、俺は生まれて初めてモンスターの妹を迎えてしまう事になった。人類で初だろこれ。
その後。
シュフュシュは俺を見掛けるなり兄呼ばわりをしつつ、周りの魔族そっちのけで着いて来るようになっていた。
おかげで奇異の視線は変わること無く、むしろ倍増した殺意の気配すら感じる日々が増えてしまった。どうやら魔族の中でも年代的に幼くて可愛らしくもあるシュフュシュは、男性陣にとってアイドル的な存在でもあったらしい。
ちなみにシオンには腹を抱えられるほど笑われたが、それはまた別の話。
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