第85話 雰囲気をぶち壊す男

 どうしてなのだろう。


 私は、喜びから見放された女なのだろうか。


 おじいちゃんを取り戻したら、次はメディのことで頭がいっぱいになった。


 『めがみさま』は、「預かっておく」などと言っていたが、信用できるだろうか。心配でたまらない。

 喜んでなんかいられない。


 だからやっぱり、私を嘲ってもよいのに、この男ときたら、

「とにかく、じいさんをここから出さなきゃ……衰弱しているだろう」

 そんなこと言うのは、回復したらすぐにでも『滅びの魔法』について聞き出したいからだろう。そう思うと、またしても無性に腹が立った。

「私が連れて行くから! 触らないで!」


 おじいちゃんを背負って、牢獄を出た。

 それでも、ここに戻ってきた時よりも、周囲の様子がよく見えるようになっていた。心の余裕ができたのか。

 ……ごめんねメディ。あなたが捕まっているのに、心の余裕だなんて。


「こっちにも、レディウセットちょうだいよ」

「ウィリュム、俺にもよこせ! あとサガムもだ!」

「テネパラド、今すぐ必要なんだ」


 アシジーモ、イサキス、カルザーナ……ルカンドマルアの人たちに囲まれている。そうか、マジック・ローダーがいなくなったこの町に、久しぶりにマジック・ローダーが来たのだ。町の人たちは魔法に飢えていた。混乱はさらに広がっているように見えた。


 おじいちゃんをゆっくり休ませる場所など、町の中心にはなさそうだ。


「さしずめ、俺の実家くらいかな?」

 あなたには聞いていない。勝手にそんなこと提案してきて。

 だが、他に当てもなかった。


―――――†―――――


「カギン! 無事だったのかい?」

「母さん、話はあとだ。このじいさんを……」

「……お前は!」

 母親は、私の方を見てそう叫んだ。この前とは態度が全く違った。

「ベルツェックルの回し者め! よくものうのうとウチらの前に顔を見せられるな!」


「母さん! やめろ!」

 叫んだのは『息子』だった。

「……おや? どういうことだい? お前を追放した奴の肩を持つなんて」

「コイツだって、ベルツェックルに苦しめられたんだ……いいからとにかく、じいさんは俺のベッドに寝かす! あと何か食いもんないか!?」

「ふん、今この町は食糧不足なんだよ! このドサクサに紛れて、食べ物が盗まれていて……王宮の財産まで盗まれたとからしいよ」

 その後も言い争いが続いたが、『息子』は半ば強引に、おじいちゃんをベッドに寝かしつけた。

「よし、とりあえずこれでいいだろう。サーイはじいさんの隣で、様子を見てろ」


「カギン、どうしたんだい。お前がそんなに熱くなったところ、今まで一度も見たことなかったのに」

「母さんこそどうしたんだ。ベルツェックルが亡くなったからって、態度変わりすぎだろ」

「カギン、実はね……」

「……ドラゴンの死骸?」

「そうなんだよ、近くの森の中で、ドラゴンの死骸が発見されたんだけど……緑色の大きなドラゴン……あれ、お父さんを殺したヤツにそっくりでさ」

「誰かが代わりに、父さんの仇討ちをしてくれた?」

「それがね、父さんだけじゃないんみたいなんだよ。周りの人たちも『アイツに家族を殺された』って言うじゃないの……そしたら、誰かが『あれはベルツェックルがこっそり飼っていたドラゴンだ』なんて言ってさ」

「まさか、ベルツェックルが殺すように指示した……」

「そうだよ、そしてルカンドマルアに人を集めて、魔物たちを憎むよう仕組んだじゃないかって」


 ……何ということだ。

 人々を陥れる『国王』、それをさらに利用する『女神』。

 そして、それに一時でも加担してしまった私。


 私は、暗澹たる気持ちになり、しばらく顔を伏せてしまった。


―――――†―――――


 次に顔をあげたとき、『息子』がいた。目の前でずっと黙っていたのか?

「……私のことバカにしていいって言ったのに、何黙ってるの」

「…………」なおも黙っている。


 しばらくした後、

「幸い、いや、あいにく、か? 時間はたっぷりある。お前を嘲るための時間は十分あるんだ。あるんだけど……」

 そう言ったあと、また黙ってしまった。

 

「……じいさんが、いる。その事実だけで、よくない、か?」

 壮大な溜めの後、寝ているおじいちゃんのほうを見て、そんなことを言いやがるから、こう言い返した。


「ぜんっぜん慰めになってないわよ!」

「おいおい、嘲ってほしいのか、慰めてほしいのか、どっちかにしてくれよ。あ、『ほっといて』はナシだからな」

「な、なんでナシなのよ」

「俺がほっとけないから……」


 そのとき、家の外から知った声が聞こえてきた。


「カル様~、なんで僕らばっかり持たせるんですかー」

「売上が一番だったのは私じゃないの、ほーんと大変だったんだから。いいでしょそれくらい」

「おいカルザーナ、この町の連中は血の気が多いんだから、攻撃魔法に人気が集まるは当たり前だ。ずるいぞ」


 外に出てみると、マジック・ローダーの男子二人が、肉や野菜を大量に持たされている。


「どうしたんですか、それ?」

「あら、サーイじゃない。町の人がみんな呪胎してほしいっていうからさ、ちゃんと金払ったらしてあげる、って言ったら結構儲かっちゃってね。食べ物は高くなってるみたいだけど、結構買えちゃったから、これから夕食にしようかと思って」


「それ、おじいちゃんに食べさせたいんです。よかったら、少し分けていただけないでしょうか?」


「何言ってんのよ、あなたのおじいちゃんのために買ってきたのに」


「……え? そんな……私にとってはおじいちゃんでも、あなたがたにとっては、追放した敵……」


「バカ言わないでよ。そんな考えのせいで私たち、あの女神に狙われたんじゃない。それに……あなたと私は、一緒にナタデココ食べた仲だしさ」

「……俺はまだ、お前のじいさんを敵だとは思っているがな。まあ、人道的支援ってヤツだ」

「アシジーモ、まだそんなこと言って。サーイさん、僕は最初からずっとサーイさんの味方だったから……」

「イサキス、余計なこと言わないで行くわよ、サーイもついてきなさい」

「……っ痛! カル様、なんで耳引っ張るんですかー」


「ありがとうごさいます!」

 彼らは、町の西、宇宙船の墜落現場へと向かっていた。私もついて行った。


 おばあちゃんが焚き火をしていた。鍋もある。

「おや、材料はそろったかいな」

「ええ、これだけあれば十分かと」

「よし、とびきり美味しいスープにするからな」


「おい、トリニクは買ってないだろうな」

「デウザ! あ、アノルグさん、……あのドラゴンも……」

「俺たちは町には近づけないからな、ここに宿営を立てようとしてる。宇宙船は飛べなくはなったが、中で寝泊りくらいならできるだろう。」


 火の近くで、肉を焼いていった。香ばしい匂いが立ち込める。


「これ、おじいちゃんに持って行って……」

 と思って振り返ると、

「おじいちゃん!」

 ついでだが、あの男も。

「だめよ、寝てなきゃ……」

「美味しそうな匂いがしたもんでな」


―――――†―――――


「おじいちゃん、そんなに速く食べちゃだめよ」

「今日は勘弁してくれ、お腹がすいて仕方がない」

「アンタ、スープも食べなきゃダメだぞ」

「おばあちゃん……」


 不思議な光景だった。


 昨日まで敵だと思っていた同士。


 別れた夫婦。


 魔物と人間。


 そんな者たちが、1つの火を囲んで、肉を頬張り、同じ鍋のスープを飲む。


 満天の星空の下、私たちは優しい雰囲気に包まれていた。


≪……じいさんが、いる。その事実だけで、よくない、か?≫

 

 誰かが言ったか、その言葉が脳内に再び流れた。


 なのに、だ。


「じいさん、元気になったみたいだし、そろそろ聞いていいかな? アレについてだ」

 この男の発言で、その雰囲気はぶち壊された。

「カギン、それとこれとは違うぞ」

「アシジーモ、なんだ、まだ根に持っているのか?」

「あくまで、人道的支援、と言っただろ」

「俺聞いてないそれ。あそうだ、女王様の見解も聞いてみたい」

「その呼び方はやめろ! さておき……私としても、アレを作ることにはもろ手を上げて賛成、というわけにもいかない。我々の前でそんなことをあからさまに話さないでほしい」

「アシジーモも、カル様も、なに頭の硬いこと言ってんだよ!」


 そんな言い争いが始まった。


 ひじょーに後味が悪くなった。


 全部、この男のせい。

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