第72話 無理な指令

 それでも、サーイはベルツェックルの指令にまだ従うことにした。マージの知り合いがいるかもしれない、となれば、放っておくわけにもいかなかったからだ。


 だが……その知り合いとは、おそらく魔物であろう。その者からマージについて手がかりをもらっておき、その者をあやめる、そんなことはできるわけない。サーイの頭は不安でいっぱいだった。


 そして、その村とおぼしき場所についた。


 村は、確かに人間が住む村ではなさそうだ。粗末な木の枝でできた家、洞穴。そして、住民の影が見えた。やはり人間ではない。

 彼らは、悪だろうか、善だろうか……そう思って、ソルブラスの杖に手をかけたが、


 ≪悪って何よ!≫


 これは昨日の、サーイの台詞。これを判別したところで、自分の益になるような気がしない。そう思うと使う気にならなかった。


 しばらくの間躊躇ためらっていたが、じっとしていても意味がない、と思い、サーイは歩き出した。


 そこで、ある立て札を見た。見覚えのある文言を、見てしまった。


 1. 村の不利益になることをしないこと

 2. 人間を傷つけないこと

 3. 人間の言葉を理解できること。可能ならば話すこともできること


 サーイは、そこで気を失った。



「おい、大丈夫か?」

 やがて気が付くと、人間がいた。20歳に満たない少年である。

「……カギン?」

「立て札読んだだけで倒れるなんて、そうとう弱っているな」

 といって、カギンはサーイを抱きかかえようとしたが、サーイは払いのけるように、

「ひとりで、立つわ、あなた、なんかに、助けられたく、ない」

 立てなかった。

「無理するんじゃない」

 そのとき、向こうのひときわ大きい家から、声がした。

「おーい、おまいさん、ステブでけだぞい。出かけるかの……ん?」



 アノルグという老人魔の家で、サーイは横になっていた。


「……んで、これが指令か。おお、攻めろとな。この村を。いわゆる無茶ぶりというやつか」とカギンが、ベルツェックルの指令を読みながら言った。

「さも、ありなんじゃ」、アノルグがぽつりと呟いた。

「え、まさか。だってアノルグさんだって、マジック・ローダー。ベルツェックルも、マジック・ローダー。仲間同士で殺しあいってことですよ!?」


「私は、その者を仲間だと認めたことはない!」

 突然、野太い声がした。


「……ベルツェックル!」

 その姿は、やはり半透明で、宙に浮いていた。


「サーイ、なぜそこで寝ている! 早くこの村を焼き尽くし、魔物どもを滅ぼすのだ!」

 サーイは寝たままで、答えようとしなかった。

「なぜ黙っている! 私の命令に従えないというのか!」


「いい加減にしろ!」

 そう割って入ったのはカギンであった。

 ベルツェックルは、なぜこの男がサーイの側にいるのか、と訝りながら言った。

「……お前は、サーイを侮辱するばかりか、この私まで侮辱するのか」

「ああ、そうだ、俺はついほーされた身だから、何でも言ってやる。そもそもな、お前は『魔物』——ゾジェイだろうが、善属性だろうが関係なくだ——そいつらをやっつけたい一心で、サーイを利用してるんだろ。じいさんをエサにして。本当は、自分のところに閉じ込めといて……あたかも『魔物』がさらったように見せかけて……」

「ハハハッ、寝言はそれくらいにしろ、そんな証拠がどこにある!」

「お前の『仲間』とやらに問い詰めれば、一発だ」


 その時、サーイが急に起き上がった。

「カギン、お願い、やめて! ベルツェックル様に、そんなこと言っちゃだめ!」

「サーイ……いい加減、目を醒ませ!」

「ベルツェックル様、申し訳ありません。この者の無礼をお許しください」

「ふん、そんなヤツの戯言なぞ、私が気にするとでも思うか……よいな、今すぐこの村を滅ぼせ!」

「……それは……」


 その時、

「あなた、私のホザログラフを勝手に使って、何やっているのですか!?」

 ベルツェックルの隣にクペナが現れた。

「ごめんなさいね……この人、気が短くて……この前も、イウカーマがなかなか攻略されないとか、気をもんでたわ……仕方ないのよ、魔物に家族を奪われた気持ち、察してくれない?」

「クペナ、そんな甘い言葉をかけるから、この女はいつまでたってもたるんだままなんだ……」

「……黙っててください!」

 クペナはベルツェックルを追い出したのか、ベルツェックルの姿は見えなくなった。


「サーイ、この村の攻略のことは……私がベルツェックルを何とかしておくから……読まなかったことにしてください」

「……いいんですか?」

「はい、なんとか、しておきます。……それはそうと、そちらの者、あなたは勘違いをされているようですね」

 クペナはカギンの方に話しかけた。

「何がだ!?」

「追放されていようと、されていまいと、国王への侮辱は許されるものではありません。あなたには……刺客が来るでしょう」

「へん、何でもこい」

 クペナの姿は見えなくなった。


「……たく、人間どもは騒がしいのう。おい、行くんじゃなかったのかえ、ばあさんとこ」

「おお、そうじゃったそうじゃった」

「おばあさん!?」サーイが驚いて言った。

「そうだ、パラウェリのばあさんところだ。アノルグを人間に戻したところを見せつけてやる。……アノルグさん、俺らが出かけている間、サーイはここに寝かしておいても?」

「おお、かまわん。なんかあったら村の者たちが世話してくれよう」


「……ちょっと! 私も」

 とサーイが立ち上がったが、すぐにふらついた。

「頭冷えるまで寝てな!」とカギンは残して、アノルグとともに出て行った。


―――――†――――


(あらあら、みんなあなたの茶番に辟易してるじゃないの。ま、刺客は出すけどさ。……さて、だわ)

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