第6話 放課後、体育館

会議が終わり璃央は彰を探して体育館に向かった。

バスケ馬鹿の彼が暇を潰す場所は他には考えられないからだ。

予想通り彰は体育館にいた。体育着を着て汗を光らせながら笑顔でこちらを見る。


「よぅ璃央、早かったじゃないか」


彰は璃央にボールをパスした。璃央はそれを受け取る。


「勝負しようぜ、スカッとするぞ。特にモヤモヤした気分の時とかな」


お見通しか…。


体育が終わってすぐ会議に行ったので、璃央もまだ体育着のままだ。

一対一のデスマッチ。

先に彰がランニングシュートを決める。

勝ち誇った彰の顔に璃央は少しイラつき、その次にロングシュートを決めた。

それで二人の闘志に火がつき、勝負は長引いた。

両者共に一歩も譲らなかったので、最終的に引き分けという形になり、他に誰もいない体育館に寝転んだ。


「どうだ?すっきりしたか?」


「引き分けたせいで微妙だな」


この野郎…。


彰はそう思いながら、璃央の脇腹を攻める。そうすると璃央も彰の脇腹を小突く。

無言の短いふざけ合いである。


「お前そろそろ眼鏡取ってもいいんじゃないか?悪くないと思うけどなぁこの顔も」


「却下だ。絶対にイヤだね」


スッと眼鏡を取られ、あらわになった素顔で璃央は彰を見た。


「うん、悪くない。眼鏡卒業してもいいんじゃないか?」


「口説いぞ」


そう言いながら璃央はムクリと起き上がる。


璃央はもっと自信を持ってもいいと思うけどなぁ…。


そう思いながら彰も璃央に続き起き上がる。

そんな時だった。複数の足音と共に聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「おぃ、間違い無いんだろうな。鬼会長がこの中に入って行ったてぇのは」


二人の中に稲妻に打たれたような衝撃が走った。


この声は…佐々木亮っ!


「でもいいんですか?姉さんに内緒でこんな事して…。」


取り巻きの一人がそう言うと、佐々木は金属バットをガンッとぶつけ目つき悪く言った。


「何ビビってんだよ!涼子にバレなきゃいい話だろうが!」


佐々木亮、なんてしつこいヤツ…!


璃央は怒りのままに体育館の出入り口に向かう。


「おぃ、璃央!」


彰は璃央を引き止めようとそれに続くが、時すでに遅く、佐々木が取り巻きを背に中に入って来た。

璃央は佐々木を睨みつけながら強い口調で言った。


「君ねぇ!そんな物損な物持って歩き回って、はっきり言って迷惑です!」


「… 璃央。」


情けない声に振り向くと、変な顔で冷や汗をかく彰の姿があった。その手に持たれていた物は眼鏡だった。

璃央の中を稲妻の第二波が走る。

そして恐る恐る見ると、フルフルと肩を震わせる佐々木の姿があった。


あぁ!心置きなく笑うがいいさ


やけくそになりながら、璃央は顔を少し赤くする。


「可憐だ」


「…はっ?」


佐々木は璃央の手を軽く持ち上げ、その場にしゃがみ込む。

丁度、紳士がレディーにするあんな感じだ。


なんだこれ?なんだこいつ…?


璃央は落ち着いて考えてみる。


そう言えばこの学園の体育着は男女共通…。


そこで思い当たる。佐々木は目の前の人物が駒崎璃央と気づいてないと同時に女だと誤解しているのだ。


「俺と付き合ってくれ!」


はっ、はぃい〜!?


真剣に、そしてまっすぐ璃央を見つめてくる佐々木。


相場涼子といい…。俺の顔はこの手の不良にツボなのか?いやそうじゃなくて…、彰!なんとかしてくれ!


助けを求めて振り返ると、肩を震わせて声を殺しながら笑う彰の姿。


彰おまぇ〜!


「どうなんだ!付き合ってくれるのか!?」


こいつも一体なんなんだ!しつこい上に気持ち悪い!


「いや…その…。」


誰か何とかしてくれ!


そう思ったと同時に、オレンジのボールが飛んできて佐々木に直撃し、彼が吹っ飛ぶ。

そして体育館の脇から相場涼子が涼しい顔で入って来た。


「亮…こんな時間にオモチャぶら下げてなにやってる?」


「涼子!?いや、えっとこれはその…。」


あの佐々木がタジタジである。冷ややかに涼子は笑いながら歩いてくる。

それだけで十分威圧感があり男など目ではない。


「何だよ、昨日からお前…婚約者に対して冷た過ぎだろ…。」


えぇえ〜!


璃央と彰が心の中で叫ぶ。衝撃の事実だ。


「アタシが決めたんじゃない。勝手にされたんだ。今の今まで告白してた男に言われたくないね」


どっちもどっちな気がする…。


昨日の事を思い出しながら璃央は思った。


「アタシの気が変わらないうちにサッサと消えな」


涼子がそう言うと、佐々木は取り巻きを連れてそそくさと去って行った。

体育館には璃央と彰、そして涼子の三人が残った。


「じゃ〜俺はこれで!」


ちょこんと璃央の鞄の上に眼鏡を置き、ヒラヒラと手を振りながら、彰が爽やかに去って行く。


…ちょっと、まてい!


後を追おうとした璃央の腕を涼子の手がしっかりと掴み引き止めた。

だんだんと小さくなる彰の姿。


裏切り者めっ!


「昨日の続きをしようか璃央ちゃん」


「断る…。」


手を振り払おうとしたが、涼子は全く離そうとしない。


「昨日の返事を聞かせてよ」


「だから断るっ!」


「なんで?」


首を傾げて聞く涼子に、璃央は呆れたように答える。


「なんでって…婚約者がいるんだろう?」


「あぁ、気にする事はないよ。あんな親の七光りの馬鹿は眼中にない」


「…お前だってそうだろ?」


涼子はニヤリとまた意地悪く笑った。

璃央は冷や汗をかきながらゾクリと身震いする。


「じゃ〜会長はアタシが単なる親の七光りの馬鹿じゃなかったら付き合ってくれるんだ」


「え…。」


急に引き寄せられ、目を丸くする璃央。

照明が光る体育館、彼女の不適な笑みは今後の事を見通しているかのようだった。





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