魔法使いであるために

弓月紗枝

第1話 エドワード


 ここは学園。


 正式名はあるが誰も覚えていない。あまりに長ったらしい名前のため、みんなが覚えるのを放棄して、今やこの場所は学園としか呼ばれなくなったのだ。 

 学園は中等部高等部が設置されており、ここでは様々な高度専門分野を中等学部から学べることから、国中から優秀な生徒が集まっていた。

 だからこそ、国中に学園と名の付く学校が数あれど、愛称として学園と呼び認識されているというところもある。

 全寮制では無いが、割と辺鄙な場所にあるこの学園は、8割の生徒が寮で暮らしている。数十年前から、この国も近隣諸国同様、近代化が進み都市では大きなビルヂングが立ち並ぶ中、この学園は古き良き煉瓦と石畳で出来た街を根城として、それはそれは情緒あふれる景観を守っていた。古城を改築した学園は、町のシンボルとしても活用され、学園の長期休みでは開放もされているため観光地として、街の活気に一役買っている。


「パーカー、パーカー、エドワード・ウィリアム・パーカー!」


 そんな昼下がりの学園、新学期にも慣れた、そろそろ冬に差し掛かる外の冷え切った気候とは違い、少し早いながら暖炉に火がくべられた暖かい教室内で、教員の声が響いた。生徒は全員震えあがる。

 ちなみに学園には三人の怒らせてはいけないと言われている先生がいる、そのうちの一人がこのMrsオリヴィア、通称ミセス。

 《母を泣かせてもミセスを怒らせるな》

 誰が言ったか分からない、こんな親不孝まっしぐらなこの学園に語り継がれている格言である。

 だからと言ってもミセスは特別短気であるかというと決してそういう訳ではない。厳しいことは厳しいが、変な地雷がそこら中に仕込まれている教員がいる中でミセスの気は大分と長い方である。

 そんな彼女の授業では、怒らせない為に生徒間で受け継いでいる三つのルールがある。


「起きなさい、パーカー」


1.彼女の授業では寝てはいけない


「無視して寝続けると」


2.彼女を無視してはいけない


 そんな少年を周りの友人があせって揺り起こす。エディ、エディと(エドと呼ぶ生徒もいるが今はそんな事どうでもいい)、そんな友人の必死の救助活動もあってか、やっとエディと呼ばれる少年は目を覚ました。そして一言


「ああ、おはようございます。ミセス」


3・彼女をミセスと呼んではいけない


周りの生徒はああ、と頭を抱えた。目に見えて怒りのマークが顔に浮かんでいるミセスに備える。


「おはよう、エドワード・ウィリアム・パーカー。お目覚めはいかが?」

「そこそこでした。この椅子もう少しクッション性の高いものになりません?」


 完全に煽っている少年に結構ギリギリで耐えながら、ミセスは話を続ける


「なりません。ところで私の授業は退屈だったかしら。あとミセスじゃなくて先生と呼びなさい」


 そこで彼女をミセスと呼んでいたことに気づいた少年は失礼といった後、質問に答える


「まさか、先生の授業は楽しいですよ、ただ」


 少年はちらりと教科書を確認した


「今更、魔法学基礎って聞かなくてもわかるでしょう」


ならこんな授業取ってんじゃねえ、教室中の空気が一致した。


「あら、そう。では今の範囲の概要をかいつまんで話してくれるかしら? 私が満足すれば、今回はお目こぼしをしましょう」


 少年は心底いやそうな顔をしながら、友人の教科書のページをちらりと確認した。


 「魔女もとい魔法使いが政府に正式に認識されたのは1500年代です。それまで、伝聞での話しか分からず実態の掴めなかった魔法についての研究の大きな一歩となりました。」


 特に何かカンニングをしたわけでもないのに、エディはすらすらと頭でそらんじたまま話始める。


 「この魔法について、世間は異教徒またはマレキフィウムという考え方から、迫害しようとする流れがありました。何があるか分かりませんしね。しかし、当時の政府は異教徒としての迫害よりも、それによる利益を選びました。魔法使いの保護は、動きの遅い今の政府と違い即座に決定され、彼らの自由は保障されました。魔法は一定の魔力や代償が必要ではありましたが、やり方、コツさえわかれば、誰であっても比較的簡単に扱うことが可能だったのが、この素早い保護の決定理由の一つであります」


 エディはミセスを見る。ここまでで良いか? という意味を込めて。しかしミセスは目じりの皺を和らげず続けるように促した。


「それから、人々は魔法による恩恵の享受を受けました。火の管理や水の不足を補うといったことで、それまでの生活は一変することになります。天候に左右されることの多かった農業は魔法によって飢餓が激減しました。また、酪農や畜産なども比例するように安定して食糧配給率を伸ばしました。そして、もちろん戦争への活用。これも忘れてはなりません。これが魔法学の発展の歴史です」

「続けなさい」

 

 まくし立てるように終わろうとしたエディにミセスはそうピシャリと言い放った。


「・・・・」


 エディは非常に嫌そうにミセスを見る。そして苦々しく言葉を吐いた


「ただ、魔法は今となっては時代遅れの産物となっています。それは何故か? 科学、工業の発展です。」

 

ここは魔法の世界。魔法が実在し、魔女裁判が行われなかった世界。

そして魔法が時代遅れになった世界。

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