七章 頬伝う 冷たきものを 拭う指 震え止まらぬ 声も体も   その2

 俺と水香は塔婆を手に持ち、墓石の後ろに突き立てるための穴を掘り始めた。

 静寂の中、塔婆の先端で土を掻きだす音だけが聞こえる。

 土の山を作りながら、俺は水香に訊いた。


「……なあ、水香」

「何でしょうか?」

「今日、ドリーム高校のヤツ等を通報したのは、お前だろう?」


 見やると、水香の動きが作業途中の姿勢で止まっていた。


「水香……?」

「わたくしが、通報? まさか……。そんなはずありませんわ」


 聞いていると不安になるぐらい、妙に明るい声だった。

 俺も作業の手を止め、感情を欠いた声で言った。


「……警察に直接聞いたんだ。通報者が、この学校の生徒会長だってな」


 肩を竦めた水香は、再び穴掘り作業を始めて言った。


「まったく。本当にこの国の公的機関は腐ってますわね」


 ザクッ、彼女の方から塔婆が勢いよく突き立てられる音が鳴った。


「防腐剤がないなら、食べるか埋めるかしなくちゃいけないのに。そういうことをしてくれる人って、全然いませんよね」


 ザカッ、ザカッ、ザカッ。


 地面の外へ土が掻き出されていく。


「この社会は死骸だらけなんですよ。至る所から腐臭が発生して、空気が悪くなっているのです。生きているだけで胸がむかついて、嘔吐感さえ覚えますわ」


 ヒュッ、ドスッ……。


 水香の手で、豹美の塔婆が地面に突き立てられた。

 彼女はこちらを向き、小首を傾げて言った。


「灯字さま、手が止まっていますわよ」

「あ……、ああ」


 俺は再び腰を入れ、塔婆で穴を掘り始めた。

 穴を掘り進めて、できた空間に塔婆を立てる。

 こんなことで亡くなった子猫は喜んでくれるのだろうか? 却って眠りが妨げられて迷惑に思ったりはしないだろうか? 疑問は尽きなかったが、俺はそれ以上考えることはやめた。別にこの行為は誰かを悲しませたり、苦しませることに繋がるわけじゃない。それなら例え無駄骨であっても、やって悪いことはない。


 作業を続けつつ、俺は再び話を蒸し返した。


「この前、ちょっとした事故というかアクシデントで、博愛女学園の活動記録を見ちまったんだ。それで……」


 説明を始めようとした瞬間、水香の「クスッ」という笑い声が聞こえた。


「……ああ、なるほど。そういうことでしたか」


 言葉の割には、あまり声から情動を感じられなかった。


「驚かないんだな?」

「灯字さまが今日この学校に侵入なされたのを見て、もしやと思いましたから。あれはわたくし達の内情を調べるのが目的だったのでしょう?」

「そうだ」


 俺は塔婆置き場に戻りつつ言った。


「毎回、不思議だったんだ。博愛女学園が解決件数を全く報告しないのが」

「その口ぶりだと、今はもう理由が分かっていらっしゃるんですよね?」

「……全ての事件を警察に通報して、解決を任せきりにしていたから、だろ?」


 同じく置き場で腰をかがめ、新しい塔婆を抱えるように持っていた水香が頷く。


「ええ。そうすれば学生の事件であったとしても、正式な犯罪として記録に残すことができますもの。まあそれでも、未成年だと罪が軽くなってしまうんですが」


 板を手に立ち上がった水香はしゃがんだ俺を見下ろしてきた。


「だから治安を維持するのに、一番有効なことをしたまでです」


 俺は彼女の、闇を湛えた瞳を見上げて言った。


「……水香。お前のやり方は、間違ってる」

「心外ですわね。警察に通報するのは市民の義務ですわ。それの何がいけないというんですの?」

「それが虚偽の通報だったとしてもか?」


 俺の反駁に水香は鼻白んで黙り込む。


「今日の通報は、ドリーム高校に不良の集団がいて、彼等が一斉に暴動を起こしたっていう内容だったらしいな。しかし実際は生徒達はゾンビ症で、自分の意志とは関係なく暴れさせられた。この食い違いは、どういうことだ?」

「わたくしは、ゾンビ症のことを詳しく知りませんでしたので」

「学校には妖怪じみた目が壁や天井に出現したそうだな。警察があれだけ派手に動いたってことは、その通報に信ぴょう性を感じたからだ。だけどマインから真実を聞かされても、彼等はまるで信じていなかった」


 少し待ってみたが、返答はなかった。俺は唾を飲みこみ続けた。


「ゾンビ症が分からなくても、その目については一目で異常だって分かったはずだ。それもお前は話さなかったのか?」


 水香はローファーのつま先で、地面に穴を開けながら言った。


「……当り前ですわ。あんなの幻覚に決まってます」

「いいや。常識的に考えれば、あれを一目見た瞬間、真っ先に超魂能力によるものだと考えないとおかしい。後々学校全体に出たって聞けば眉唾ものだが、現場で局地的な視野でしか見れない状況なら、これは誰かの手によるものだって考えるのが普通だろう。しかしそれを水香は言わなかった。つまりお前は通報した時点であの事件をネタに、学生が危険な存在だと警察や学校周辺の住民にアピールする気だったってわけだ」


 矢継ぎ早な舌鋒で水香を追いつめた。もう彼女には反論材料は残されていない。

 これで全部終わった、そう思った時だった。

 唐突に水香は小刻みに肩を震わせだした。

 泣いているのかと思い顔を覗き込もうとした途端、水香はばっと素早く面を上げて笑い始めた。


「ふふふっ、うふふふふふっッ! そうですわね、確かにわたくしは虚偽の通報をしましたわ」


 隠す気もない堂々たる告白に唖然としている間にも、水香は早口でまくし立てる。


「でもそれと治安維持委員会の活動には、一体どれほどの差があるというんです? 委員の中には犯罪行為が行われていてもだんまりしたり、暴力を振るたり……他にも非人道的なことを行う方々がいらっしゃるそうですわよ? 公的な組織ではないから、もちろん暴行罪に当てはまりますわ。正当防衛が適用されないケースも多いでしょうね。でもみんな、それを黙認している」


 そこで言葉を切り、暗い笑みを深めて先を続けた。


「どうせ罪の程度は同じですわ。ただ結末が違うだけで」

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