雨の日の道

tyui

雨の日の道は

 駅を出て約20分のところに威風堂々とそびえ立つ訳でもなくちょこんと謙虚に身構えている一軒家。母がどうしても一軒家がいいと我が儘を通してローン10年で父が買った。そんな我が家を目指して帰路に着く。9月も中ごろのまだ少し蒸し暑い雨の日の学校帰り。極めて憂鬱である。しかも傘を持っていない。かと言ってタクシーを呼ぶ金や家までの1.8キロを走り切る体力と気力がある訳ではないので、諦めてゆっくりと雨にさらされながら帰ってみることにする。

 駅を出てしばらくすると少し寂れた商店街が成す寂しいタイルの一本道に出会う。幸いここはアーチ状の屋根に覆われている。濡れずに済みそうだ。学ランの肩のところについた水滴を払いながらあたりを少し見まわす。どうやらこの商店街はもうダメらしい。辺りを見てもあまり人はいない。8年前まで老夫婦が細々と経営していたカフェの後にコンビニが入っているのみで、他は所謂いわゆる閉店ガラガラ状態である。どうやら僕が生まれるずっと前までは地域のみんなに愛され、栄えていたらしい。知ったこっちゃない。今となってはこの薄暗い天気にお似合いの寂れ具合である。恐らくこの商店街に未来はないだろう。死んでしまったものに未来を見ること程下らないことはあるまい。あれこれと考えるうちにいるうちにどうやらこの屋根のついた商店街はもう終わるらしい。少し遠くにはこの寂れた商店街を見下すかのようにデパートが立っている。少しお粧しした老婆が孫らしき少女を連れてさみしい商店街の中へ入っていった。栄えていた時代の人間の生き残りかもしれない。少女は退屈そうな顔をしながら老婆に手を引かれ僕の横を通り過ぎて行った。もういない祖母と歩いた少年時代を思い出し、少し羨ましくみえてしまった彼女らを尻目に、無限に広がっているかのように見える住宅の森の中に足を踏み入れる。

 商店街を出てしばらくすると少し冷たい水滴が頬を伝ってアスファルトの上に落ちた。空から降ってくる有象無象の水に紛れてしまいどれが僕の頬から地面に落ちた水滴かわからなくなってしまった。対して問題ないにもかかわらず少し歩みを止めて見つかるはずのない落ちたしずくを探してしまったが、すぐに我に返り再び歩き始めた。

 住宅街を歩いている様々な人間とすれ違う。しかし不思議なことにみんなスマートフォンを眺めながら歩いている。僕とて例外ではない。ただ雨が降っているので久しぶりに街を眺めながら歩みを進めてみることにする。案外こうしてみると普段気づかないような些細なことにも目が行くものである。実際、普段曲がるところにある家が犬を飼っていることを今日初めて知った。

 しばらくして、毎日通っているはずの空き地の前でなぜか今日は足が止まった。気づけば体は冷えきっていた。ここで遊んでいたそんなに昔ではないが、決して戻ることのできない小学生時代に少し思いを馳せる。ふと草むらに目をやるとカマキリの卵と其れを生んだであろうカマキリの成虫の死骸があった。普段なら気持ち悪くて目を背けていたに違いない。死骸となり果てたカマキリが命を懸けてい自分のいない世界に残したこの卵がなんだかとても美しく見えた。ただそれだけのことである。

 さぁ、もうこの角を曲がればもう家だ。不思議と身体の凍えはなくなっていた。


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