第2話 welcome to underground
目を覚ます。
崩れた天井から見える空は夜中なのか暗黒に包まれている。
床や壁の損傷は激しいが、見覚えのある内装だ。ここは学校の中の廊下で間違いないだろう。
「痛っ」
目を押さえると、生暖かい液体が手に付く。
血だ。目から血が出ている。怪我をしたときにぶつけたのだろうか。あるのは痛みだけで、視力は失っていないようだ。
辺りは暗いが全く見えないというわけではない。光源がどこかにあるのだろうか。廊下にはポスターなどが散らばっていて、床はところどころひび割れている。
一緒に屋上から落ちたはずのルナの姿は見当たらない。彼女は目が見えないはずなのに、どこへ行ったのだろう。
そして、何より不気味なのが人の気配がまるでないということだ。あの時間の学校にはまだ生徒も残っていたはずなのにね。
死体が見当たらないのは幸いかもしれないが、こうやって見ると心霊スポットの廃学校みたいで気味が悪い。今にも得体のしれない何かが出てきそうだ。
少々背中が痛むが、動けないほどでもない。
なんとか立ち上がり、学校から抜け出すべく玄関に向かい、扉に手をかける、が……強力な接着剤か何かでくっついているんじゃないかってくらい堅く、引いても押してもビクともしないのだ。窓は墨で塗りつぶされたかのように真っ黒で、外の様子を伺うことは出来ない。
「こっちが中だし、鍵がかかっているとかではないよな……おかしい。もしかして、閉じ込められている?」
校内の窓も全て開かず、玄関と同じように真っ黒である。
驚いたのが、窓を触ってみてもいつものガラスのような感触ではない。まるでコンクリートのように固く、叩いても全然響かないのだ。
こうなったらスマホで助けを呼ぼう。
そう思い、ポケットからスマホを取り出して電源を入れるが圏外。時間の表示も「譁�ュ怜喧縺�」と、文字化けしているようで使い物にならない。
さて、どうしたものか。
人が居ないということは、みんなどこかから脱出したということであり、出口は必ずあるはずだ。
学校内にある出口という出口を探し、どうにか抜け出せる場所を探る。
しかし出口と思われるものは何一つ見つからなかった。
まさに八方塞がり、俺はこのまま駄目になってしまうのだろうか、ここで餓死するのを待つだけの地獄のような日々が始まるのだろうか、なんて半ば絶望し始めたその時、何やら前方で幼稚園児ほどの身長の人影があることに気が付いた。
まさか、人か?
「おーい! 誰か居るのか!? 出口はどこなんだ!?」
嬉しくなった俺は手を振って叫ぶ。相手も俺に気付いたのか、トコトコと駆け寄ってくる。
よかった、生きている人が居たんだ――。
そう安心していた俺は、すぐに後悔することになる。
近づいてきた影はみるみる鮮明になっていき、人間離れした醜い緑の肌が見えてくる。顔面には人間のものとは思えないような大きな鼻が付いており、手には棍棒が握られてある。人間離れしたその風貌に、俺の頭は混乱しながらも既視感を覚えていた。
こいつ……確かゲームか何かで見たことがある……そうだ、ゴブリン、ゴブリンだ!
で、でも、どうしてゴブリンが現実世界にいるんだ……!?
「キシェシェ!!」
目の前のゴブリンは俺の様子を伺いながら、唸り声を上げている。どう見てもお友達になれそうな様子はない。完全に俺を獲物として見ている目だ。
一方の俺は武器になりそうなものは何も持っていない。ここは学校だ。ホームセンターじゃない。周りに武器になりそうなものは何もない。廊下にある消火器を取ろうにもここからでは遠すぎる。……じゃあ逃げるか? 否、逃げるために背を向けた時点で殺られる。背を向けなくても殺られる。頭の中に浮かぶ文字はひたすら、死、死、死。
どっちが優勢か、火を見るよりも明らかだった。
か、完全に詰んだ――。
――そう思った時、ゴブリンの背後からカツカツと新たな足音が聞こえてくる。
刹那、激しい打撃音と共にゴブリンの頭はグシャリと潰れ、赤黒い血が飛び散る。頭を無くしたゴブリンの体はドミノを倒すようにパタリと前に倒れた。
ゴブリンの後ろにいる何者かが、ゴブリンの頭を粉砕した。
誰だ? 誰がやった?
警戒心を解かぬまま、身構えていると、
「おはようカケルくん♪」
ゴブリンと同じ棍棒を持った血まみれの美少女が、甘ったるい声で俺の名前を呼んだ。
目隠しをしたツインテールの少女、ルナだった。
「ルナ! 無事だったか!」
「うん、ルナは平気。カケルくんこそ無事でよかったよ」
ゴブリンの血にまみれたルナはとても不気味だったが、無事再会出来たことを心から嬉しく思う。
「しかし、目が見えないのに俺がここにいることがよく分かったな」
「もう、忘れたの? カケルくんとルナは視界を共有しているんだよ? それにルナは目が見えなくても舌打ちの音の反射で、ある程度の空間の把握は出来るの。校舎の中はカケルくんからの視覚情報のお陰で前から記憶していたってのもあるけどね」
なるほど、視力がなくても音で周囲の状況を知ることが出来るのか……。
「それと、カケルくんがピンチになった時にルナが駆けつけるのは当然だよ」
さも当たり前のようにルナは笑って見せた。
「なあ、気になったんだが、ルナは何処から来たんだ? 校内はほとんど見て回ったし、玄関は開かない。今まで学校内ですれ違わなかった方が不思議なくらいなんだけど」
俺が言うとルナは首を傾げる。
「ルナは学校の外から来たけど、普通に玄関開いていたよ?」
「いや、そんなはずはない。こっちに来てくれ!」
ルナの手を引きながら玄関までやってくる。
すると、どうしたことか、さっきまで閉ざされていた玄関の扉が開いているのだ。
「もう、カケルくんったら何を言っているの? 玄関なら開いているじゃない」
「そんなはずがない! さっきまでは扉がくっついて、ビクともしなかったんだ!」
「でも今はこうして開いているよ?」
俺はどうも釈然としなかった。狐につままれるような気持ちとはこのような時に使うのだろう。
今ここで、扉が開かなかった、開いていたを議論したところで無駄になるだけだと思った俺は、さっさとこの訳の分からない学校から脱出することにした。
ここを抜け出せば、いつもの日常に戻れる。
この時の俺は、そう信じ切っていた。
しかし、学校から抜け出して目の前に広がっていたのはいつもの日常風景ではなく、まるで洞窟の中のような風景だった。
ゴツゴツとした茶色い岩肌、天井は真っ暗で何も見えない、明らかな非日常がそこにあった。
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