過去のノートに書かれていた断片です。

yura

食堂と前田さんの話 (ほのぼの)

「…前田さん?」


「うん…、ん?」


前田さんは眠っていた。机に肘をついて、それで頬を支えている。

大きな窓に向かって座っている私達。机にはうどん。前田さんはそばだ。

前には青空。快晴である。


たしかに、丁度よい湿度だし、快適な陽気だし、寝るのにいい所だとは…思う。ここ食堂だけど。


ちょんちょん、とつついてみたい所だけどとりあえず本人を見守る。


「あ、あぁ…、寝ちゃってたんだ、僕」


柔らかい声でそう言った。あ、あくびしてるよ。にしても…、


「今日は眠そうですね…、お疲れですか?」


眠そう、というよりもう寝てたんだけど。ずいぶんお疲れのようです。

というか「お疲れですか?」って、訊いた私は馬鹿だ。お疲れに決まってるじゃんか…。

ん…、と眠そうな目を上げて彼は答えた。


「ちょっと深夜ラジオに呼ばれて…、どうしても、って言うもんだから…、

一回きりだって言うもんだからさ…。」


でも本日寝本日起きはちょっと辛い、と前田さんはこれまたとろーんという効果音が似合いそうな雰囲気で言った。


「そ、それはお疲れ様です……。

あ、あの大丈夫…ですかね、もし良かったら寝てても時間になったら私が起こしますけど…。」


なんだかいたたまれなくなって口から咄嗟にそんな言葉が出てきた。

まぁ、本心なんだろう。


「あ…、じゃあこれ片付けたら…、そこの休憩室で…、」


そう言ってゆるゆると腕を上げ向こうを指差した。

こんな事言うのもなんだけど、力無っ。

力無さすぎて心配になった私は前田さんの分までおぼんを下げてこようかと提案したが、それは申し訳ない、とやんわり断られた。


休憩室、という看板がつり下げられた、よくある一角。

そこのソファに前田さんは、ぼふっ、と座って「じゃ…お言葉に甘えます…、よろしく、えーと、」1時…15分に…よろしく、と時計と私を見上げて言った。

それからソファに体を預けて寝る体勢に入った。


さぁ、私は本を読もう、と今読んでいるあの本を鞄からとり出す。

私も体勢を落ちつかせ、本に心を預ける。

…隣が動いたので思わずそちらに目をやると、前田さんが、あの例のきの…ぶなしめじさんが付いた鞄をソファの背の上に置き、そこに頭を預けた。

…何か、私の方寄りに置いてくれたので嬉しい。

前田さんが目を閉じた様なので私も本読みを再開する。

彼の首がこっちの方に傾いているので当然顔も此方を向いていて距離は30cmもない。

なんだか人が近くに居るのって、他にはないような安心感をもたらすんだなぁと、

本に目を落としたまま、でも心はそれでない方向を向きながら、思った。


心がなんだかあったかいものに包まれていく。それを感じながら、私はだんだん本の中へと心を引き込まれていった。


ふぅ、と少し息をつく。右にはたしかに人の気配を感じている。

相変わらず彼は夢の中、である。時計をちらり、とみると、

12時30分。30 分経ったんだ。

本はもう半分の所まで読んだ。1.5cmくらいの厚さを横から見て、それを確認する。


ってことはあと――…30、45分か。あと45分。

そう時計をみて理解する。

にしても、

前田さんは本当に眠りに落ちている。微かに、すーすーという寝息が聞こえる。

その規則正しい音を耳で感じていると、なんだか訳の分からない感情にじわりじわりと包まれる。


っていうか人って寝ると本当にこんな寝息なのね。

当たり前の事を考える。

…考えた、のだが中々その訳わからん感情はやはり完全には消えない。


仕方ないので少しずつ理解してゆく。…これは、「嬉しい」のだと理解。

寝る、って事は少なくとも相手を警戒していない、ってこと。むしろ信用してくれてるってこ…と…、わーわーその感情が余計肥大化した。なんかこのままゆくと破裂しそう。ぽーんって。


ちらりと時計をなんとなく見上げた。12時34分。もう4分も経ってたのか…。

まぁ中々考え事も面白い。自分の感情が次々分かっていくあたりが。

本もちょっとあきてきたし、休憩。ぱたん、としおりをはさんでそれを閉じた。


少し戸惑ってから、そろり、と彼の方をみてみた。首がギギギ、と右の方を向く。

…ん?首疲れてるのかな。

まぁそんなどうでもいい疑問はすぐに緊張感でかき消された。

彼を起こしてはいけない、と本能が言う。すーすーという寝息だけがその場に静かに響く。

目に髪がかかっている。…っていうか本当にこっちを向いて寝ている。相当お疲れのようだ。なんだか「お疲れ様です、」と心で言った。届くわけないけど。



――1時14分。 本に熱中して、ふと気づけばそんな時間。

やばいっ、とはっとして勢い良く顔を上げたのだが、そんな必要は無かった様だ。

隣には、未だすーすーと眠りに落ちている前田さん。

凄いなー…、私が知る限りでは、あれから前田さんは一回も起きなかった。

夜遅くまで仕事は辛い。私と同じく、朝型なのだろう。でも健康的でいいことだ。

人は朝に向いてるのさ。…まぁ私が夜に弱いだけかもしれないけど。


じーっ、とそのままみていた時計の針が、私の視線にたえかねたかのように、

カチッ、と動いた。…1時、15分。約束の時間だ。

手元の本をみる。あー、いい所だったなー…。次どうなるんだろ。楽しみ。

…ではなく、とりあえず前田さんを起こす。起こ‥‥す。


あーだめだ。反対方向を向いて私は頭を抱えた。

いやあんなぐっすり眠ってしまっていたら、起こすにもちょっと…その…罪悪感っていうか…。何か申し訳ないというか…。


いや、それではいけない。前田さんはこうなると分かっていて、起きられなくなると分かっていたから私にそれを頼んだんだ。

その任務を果たさなければならない。私は。


ぐっ、と決心して私は前田さんの方を向き直す。もう1時16分になってしまう。前田さんは「15分に起こして」と言ったんだ。16分ではない。

行け、私!負けるな、私!!


そしてぽんぽん、と肩をたたいた。

・・・・・・・・・・。

……えー、もう一度、こんどは向こうの方、右肩を失礼して、ぽん、ぽん。

…えっ、えー…。まさかの起きないパター…ン…?

もしかして私の方のたたき方が悪い、とかは無い。

だってこれ以上強くたたけないよ。

いくら前田さんが私と違って肩こりしない体質だとしても、流石にお世話になっている先輩に肩をばしばしとは…無理だ。私の良心が…。


ではどうしよう。声をかけよう。

何故か周りを確認して誰も居ないのをなんとなーく認識してから。

「すみませーん、朝で…じゃなくて、1時15分でーす…。」


少し動いた。「ていうか16分でーす…」と蛇足ですが。

すると「ん…」と唸って更に顔を鞄にうずめた。…えー。

少しおののいたけどもう少しだ。臆するな私。


って、気付いた。私声ひそめる必要ないじゃん。

別に他にねてる人居る訳じゃないし。ていうかここ二人だけですし。

別に寝起きドッキリじゃないですし。おはよーございまーす。


よし、じゃ、行きます。………。

…よ、よし。臆病な私、でも行きまーす。


「まっ、前田さーん…?」


ちゃんと普通に「声」を出して呼んだ。

いつも通り。…なのに、今まで話し声も大きな音も特に無かったこの空間に、それはやけに響き、その静寂をこわしてしまうかの様だった。

でもその効果はあったようで。


「…ん、……」


前田さんは瞳を開いた。ゆっくり。

あーよかった、とつい安心してそんな声が出た。


状況を理解した前田さん。あぁ、と姿勢を正す。


「あっ、ぐっすり眠ってたよー…。ありがと、千花ちゃん」


あ、はい…。と返事してから、ふにゃりと笑う前田さんを横にちらりと時計を見やる。

―1時18分になった。


「あーでも良かった~。良く寝れたよー。」


んー、と伸びをする前田さんに、私は「良かったですね、」と何とも形容しがたい、嬉しいようなあたたかいような、おかしな気持ちで、そう笑いかけた。

よく寝れた、ってことは安心して眠りにつけた、って事でいいのかな。

それともただ単に眠すぎて、むしろどこでも寝れた、とか…?

…ま、過ぎた事は考えようだ。プラスに考えさせてもらおう。






















何気無い日常を、とるに足りぬような幸せなひとときを、そのまま冗長でも描写しようとしたものです。一人称話ですが他者の目線で微笑ましく思い乍ら書いていました。

前田さんは、頭に急にキノコが生えるというお遊びの話で作ったオリジナルキャラで、ラジオ局で看板番組のパーソナリティを勤め、主人公の先輩にあたる。取れたぶなしめじは前田さんの鞄のでっかいストラップとなったのでした。


手を加えたい気持ちを抑えつつ打ちました。今だったら決して書かないですね。読者の存在を一切想定していない、思うこと自然のまま写した学生の感じです。

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