BLUE PLANET -永遠の神と千年の民-

植木 浄

第1話 SAMSARA (転生の光芒)

 空はほんのり忘却の色。ところどころに淡い光を持つ暗黒の海に、それは存在する。通称EARTHアースTerraテッラ、地球などとも呼ばれていた、かつての太陽系第3惑星にあたるこの天体は、神の力により姿を変え、『来るべき時』を待つ、巨大な船となっていた。


 人類が神の姿を目の当たりにして『おそらく』1000年。神により全てが成就された今、もはや人類には争う理由も、思い悩む理由もない。ただ平和に、神を感じながら過ごすのだ。この、甦った『方舟』の中で――


              *   *   *


「まずいことをしてくれたな……」


 一方、神々にとっては、必ずしも願わしい結果とは言えなかった。ここは神々だけが存在を許されたエリア。EARTHを管理する全てのシステムと繋がる場所で、EARTH内の生命にはその名称や場所は明かされていない。むしろ、そういった概念の無い空間、と呼んだ方が正しいだろう。


「セクターταχύςタキュスの管理者、AIONアイオン。なぜ管理システムの思考アルゴリズムを書き換えた? どういうつもりだ」


 そう問いただすのは、輪廻転生システムの管理者、EIDOSエイドス


「どういう、って言われても……俺は常に最新じゃないと気が済まないんだ。管理者なんだから、そのくらいしても良いだろ?」


 髪を逆立て、左耳には金属の装飾品をつけている。一見、不真面目そうに見えるこの存在がAION。常に若い男の姿をしていて、『近未来』を司っている。


「とんでもない! お前はあくまでも『セクター』の管理者であって、『管理システム』の管理者ではない。我も同様だ。この宇宙、及び各管理システムを編集する権利を持つのは、我らをも生み出した大いなる根源的存在、IDEAイデアだけであって、我々のような存在が勝手に改変してよいものではない!」


 EIDOSは身を震わせながら言う。


「しょうがないな……無かったことにしておくよ」


 それが怒りによるものなのか、IDEAという存在に対する畏怖いふによるものなのかは分からないが、何かただならぬものを感じたAIONは、つまらなさそうな素振りを見せつつ、そう答えた。


「そうしておいた方が我々のためだ。我も人間どものように、お前を裁くようなことはしたくないからな」

「人間嫌いは相変わらずだな。というか、IDEAっていうのはどんな奴なんだ? 俺、一度も見たことないぞ」


 AIONは席を立ち、出口へ向かいながら言った。


「そんなはずはない。IDEAは我々とは比べ物にならないほど以前から存在し、人類が発生する以前までは常に我々とともにったのだ。我々にもたらされた長い眠りが、お前から記憶を奪ったのだろう。きっと時が経てば思い出せる。IDEAこそが最も大いなる存在であるということも、IDEAの創りし真理は、決して我々が捻じ曲げてよいものではないということも、な」


 そう言って、EIDOSはシステムの詳細を表示するホログラム・スクリーンを閉じた。


「さあ、もう行け」

「ああ。じゃあ、また」


 ふわっ。AIONは足元の『扉』に乗り、小さな風とともに消えた。


 人類が神の足元へ到達し、地球が姿を変えてから、『国』や『国境』という概念は神により再構築され、『セクター』と表現されるようになった。それに反対する者はもはや無く、この作業は速やかに完了した。だが、今まで人類により眠らされていた神々にとっては、あまりにも遅すぎる予定調和だった。


 数億年という長い空白は、神々から多くのものを奪った。ある神の『記憶』を、ある神の『人間への愛』を。さらには最も重要な『何か』を――


「はあ……つまんないな。EIDOSは人間嫌いだからいいかもしれないけど、俺はもっと人間と直接関わりたいんだよ!」


 AIONは自身の領域に戻り、嘆くように言う。


「一緒に車輪付きのバイクでレースしたり、芸術的なテクニックを見せ合ったり……ああ、俺も人間に生まれたかったな……」


 と、ここまで言って、彼は何か思いついたような顔をする。


「待てよ? 人間といえば……」


 ふわっ。彼は何かを企むような笑みを浮かべ、どこかへ消えた。


              *   *   *


 天井、壁、床、全てが光沢のある白で統一された部屋。中央には、一昔前の脱出ポッドのようなカプセル状の装置が鎮座している。その装置の前に、AIONは居た。


「輪廻転生システムのメインの部分は……ここだな」


 これは、EIDOSが自らの手で命を処理しなくて済むよう、神としての能力を分割して創った装置だ。全ての人間は死後、この場所に呼ばれ、速やかに処理される。


「えっと、セキュリティのレベルは……リアルタイムの監視なし、管理者とのリンクも、なし?」


 セキュリティのレベルはAIONにとっては驚くほど低いものだった。どうやら、本来許されている最低限の機能しか有していないらしい。


「へへ、さすがEIDOS。この程度のセキュリティなら、足跡も残らないな」


 AIONはほくそ笑み、装置の前へ出る。


「我は輪廻転生システム、SAMSARAサンサーラ。汝の用件を述べよ」


 装置がAIONの存在を感知し、起動した。


「俺、神なんだけど、転生したいんだ。できるか?」

「理論上は可能。しかし、正常な動作は保証しない」


 まるで想定の範囲内であるかのような返答。だが、システムに搭載されているAIがEIDOSのそれと同質のものである関係上、別段おかしなことではないとAIONは判断し、続ける。


「ああ、保証しなくてもいいから、やってくれ」

「承知。案内を開始する」


 数秒の待機時間の後、詳細設定に関する案内が始まる。


「記憶の処理を選択せよ。ContinueコンティニューDeleteデリートから選択可能」

「よし来た! もちろん『引継ぎ』だ!」


 プ。装置から控えめな音がする。決定時の効果音だ。


「希望する年齢、容姿を述べよ」

「ええと、年齢は23、見た目はこのまま」

「フレームのタイプを選択せよ。FemaleフィメィルMaleメィルXエックスから選択可能」

「Maleで」


 次々と詳細を設定してゆくAION。


「希望する生成時間を述べよ」

「最短で頼む」

「承知した。転生プロトコルを開始。サークルの範囲内へ入るがよい」


 足元に、黄金の光を放つ円が現れる。


「よし、入ったぞ!」

「認識を開始する」


 装置が大げさな音をあげ、AIONの身体に特殊な光を照射した。


「ん?」


 ――しかし、半分ほどまで照射したところで、光は動きをとめてしまう。


「エラー。汝はアストラル体ではない。フレームを処分するか、フレームの耐用期間を全うせよ」

「随分頭が固いんだな……まあ、EIDOSらしいけど」


 装置は誤作動を防止するためか、やけに融通の利かない造りになっている様子だ。


「なあ、質問してもいいか?」

「可能。質問を述べよ」

「神の身体って、『フレーム』じゃなくて『AVATARアバター』って呼ぶんだけど……これって、外せるのか?」

「回答不可。データベースに存在しない」

「そうだよな……ううん」


 AIONは少し迷ったのち、こう続けた。


「じゃあ、このフレームを処分してくれ! ちょっと普通と違うんだけど、出来るか?」

「我はどのようなフレームにも対応している。心配の余地はない。フレーム除去サークルを展開」


 このシステムのAIはEIDOSのそれをもとに創られている。ならばEIDOSが『肉体』と判断する類のものには全て対応しているはず。AIONはそう考え、装置に指示を出した。


「本当は違うんだけど……まあ、大丈夫だろ」


 AIONは指定されたサークル内に入り、処理が完了するのを待つ。


「完了。異常なし。汝はアストラル体となった。アストラル体となった者は速やかに転生処理を行う義務がある。転生プロトコルへ移行」

「よし、認識してくれ!」


 装置は再び大げさな音をあげ、次の処理を開始した。


「あ、そういえば、管理システムをロールバックするの忘れてた……まあいいか、帰ってからやれば!」

「現在認識を行っている……認識完了。アストラル体の保護のため、電磁波遮断フィルムを展開……エラーなし。汝は120時間後に転生する。これにて、処理を完了。ではまた、その時まで――」


 その音声を最後に、セクターταχύςの管理者AIONの意識は、空に堕ちた。

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