63人目の?


「さて」

 そう言って僕は、彼の去った扉を開けた。

 そこには、友人の前に来た客人が、途方に暮れた顔で座り込んでいた。

「どうぞ、中へ」

 声をかけてやると、必死に縋り付くような瞳で中へ入ってきた。


「どうして……」

 男の口から、思わず漏れたその声で、僕はにこりと笑う。


「どうしてでしょうね」

 男は、自分の腹あたりを注視して、にこりと、投げやりな顔で笑ってみせた。

 中々に腹の据わった人だったんだな、と、そう思っていると、男はずっしりと重くなった体を動かすようにして、椅子へと座った。


「紅茶をどうぞ」

 予め冷めない程度の時間に用意していた紅茶を出してやると、男は一気に飲み干した。


 ため息をつくように息継ぎをすると、服の赤みがまた増した。



「息子さんには会えましたか?」


 襟を掴まれた。乱暴すぎる動作に少し苛ついてしまう。

 八つ当たり以外の何者でもないと思うそれに、僕はじっと瞳を見つめてやった。

 まあ、煽るつもりでやったことですからね、と怒りを何とか抑える。


 それは八つ当たりと言えるのか? という師匠の声が聞こえてきそうだが、それは無視する。



「会えなかったのですか?」

「会えたよ」

 襟を解放して男は言った。

 唇を噛みしめすぎて血が滲んでいた。


「ここで会いたくはなかった」

 下を向いて苦々しく言う男に、僕は言う。

「まあ、会えたのですからいいではないですか」

 次の瞬間、僕は吹き飛ばされていた。


 ぶん殴られたのだと気付くまで時間がかかるほど、男からは想像できない馬鹿力だった。

 じっと男は僕を無機質な目で見つめた。



「楽しいか?」

 逆に質問をされて、僕は嬉しかった。

「楽しいですよ!」

 勢い込んで答えると、また殴られそうになったので、後ろに距離を取る。男の目は血走って、ゆらりと低温の炎が漂っていた。


「誰があの人たちを殺したんだ」

「あの人たちとは?」

 僕が首を捻って聞くと、男の目が刺してきた。



「俺の家族だ。知っていたんだろ」

 しばらく考えて、正確な情報を伝える。


「僕もよく区別出来ていないのですよ」

 新米なもので、と言ってやると、男は力を抜いた。


「新米が担当とか、とことんついてねぇな」

 男は最初のおどおどした態度はどこへやら、太々しく呟く。菓子を了承なしに食べ出した。


「母は、どうでしたか?」

「恐らく、2人はもう……」

 それだけ言えば分かるだろう、とばかりに男は目を閉じた。何かから逃げるように。


 いきなり席と僕だけになった小屋内で、僕は長めのため息を吐く。




「またのおこしを、お待ちしております」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る