64人目の客人
「こんにちは……」
警戒するように入ってきたのは、妙齢の女性。緑色のドレスを着て、小さな小さなバックを持っていた。
「こんにちは。紅茶をお淹れします」
僕が奥に消えると、女性は疲れ切った表情で、椅子にゆっくりと腰を下ろした。パールのネックレスがそれに合わせてちろりと揺れる。
「どうぞ」
僕が紅茶を出してやると、自分を落ち着かせるように少しだけ飲んで、ほっと息を吐いた。
「綺麗ですね」
そう、思ったことを言ってやると、何故か女性は苦く笑う。
「売れ残りにそんな言葉、かけなくていいのよ」
何を言っても聞かない、と殻に篭ってしまった女性に、僕は早々に声をかけるのを諦めた。
ゆっくりと時間が過ぎる。時計の音しか聞こえないその時間は、それでも1人でいるよりは賑やかに楽しく感じた。
「旦那様は、一緒にいらっしゃらなかったので?」
言った途端に、女性の顔から表情が消えた。
「来ないわよ」
嫌そうに言うかと思いきや、どこか馬鹿にしきったようにそう言ってのけた女性の肩から、赤い液体が滴り落ちる。
「肩に怪我をしているのですか?」
「こんなの、痛くもなんともないわよ」
どこまでも暗く目を落としてそう言った女性は、急に、何かを追い求めるように周りを見廻した。ゆっくり、ゆっくりと狭まるその緑色の目を見て、僕は感動してしまう。
「あなたは、何が欲しいのですか?」
「私が欲しいのは……」
なんと言ったらいいのか分からない、と言わんばかりの顔で、女性は固まってしまった。強張ることのない上質な化粧をした肌が、じわりと歪む。
「……欲しいものは、自分で手に入れるわよ」
質問と答えがすれ違ったように感じたが、女性があまりにも晴々とした良い顔をしていたために言い損なった。
「そうですか」
僕は少し笑って言った。
次の瞬間、女性の姿が大きな闇にかき消された。
「ダメじゃないかこんなところにいちゃあ」
彼の声が聞こえる。それしか分からない僕と女性に向かって、彼は言った。
「自分では手に入れられないものがあることくらい、君らには分かっているだろう? 何故そんな無駄なことを目標に掲げるんだい?」
僕らはお互いを見て、彼に向き直り、答える。
「その方が楽しいから、ですよ」
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