58人目の来客


「やっほー!!」

 お師匠様がもういないのを見てとり、友人は広々とした声で言った。


「こんにちは。紅茶を淹れますね」

 僕が奥へといくと、友人は淡々と喋りだす。


「今日の噂は借金の問題だ」

 少しニヤリと笑って、口を下品に歪める。


「3人の人間。1人は兄、1人は弟、そしてもう1人は路地裏の友人だ」


「その3人のうち、誰が貸主で、誰が借主なのですか?」

 合いの手を入れ、友人の機嫌を取ってやると、露骨なご機嫌とりにもクスクスと笑ってくれた。


「最初の1人が貸主、後の2人は借主だ」

 ただし、と言って、意地悪そうに、機嫌よさそうに、笑った。


「兄は弟に、利息なしでいいと言った。むしろ、兄の方から貸そうと言って押し付けたんだ。返さなくていい、とまで言ったが、弟はそれを断って、必ず返すと言った。

 なのに、兄は借用書がないために、脅しに近いような形で、弟から金をせびりとり続けている」

 これだけ聞くと、兄が悪人、弟が善人だよね、とケラケラ笑う。笑いすぎて出た涙を拭って、また笑った。

 僕も笑った。


「それがびっくり。兄も弟も、同じ女に恋をしていたんだ。

 兄はとんでもない額の贈り物を上手くせびられて、困った兄は、弟に金を返してもらおうと考えだした」


 どちらにも善良な、とまでは言えないけど、上手くやったもんだよね、と本当に楽しそうに言った。


「本当に最悪なのは、女が何の罪の意識も感じずに、むしろ自分が善だと感じていることだよね」

 あはは、と本当に面白そうに、笑ってみせる。


「まあ確かにあの女性は兄をそそのかしたわけでも、兄に言い寄っているわけでもない。

 だけど、状況は分かっているのに、ひたすらプレゼントは受け取り、何が欲しいのだと言う。

 弟のそばにいる時はTPOとして弟と同じような服装をする。家に帰ったら贅沢三昧」


 まあこれも彼女のせいじゃないとも言えるんだよね、と軽い調子で重大なことを口に出す。


「彼女は貧困育ちだ。そして、彼女は買ってもらったものを少しずつ売って、彼女の母、今にも死んでしまいそうな母への薬代へと充てているんだ」


 立派だよね、と言って、勢いよく僕の方を向く。



「ねえ、悪人と善人の差って、何だと思う?」



 僕はさらりと笑って言った。


「知ったこっちゃないですね」

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