56人目の客人
「こんにちは」
見るからにボロボロの紙幣の様に磨耗した男が入ってきた。
「こんにちは」
挨拶をお返しすると、男はニコリと笑った。
お世辞にもお行儀が良いと言えない、高圧的な物腰は、恐らく育った環境で得たものだろう。男は何かを探していた。
「あの、ここに見るからに金持ちだと分かる男が来ませんでしたか」
僕は首を傾げて呟く。
「あなたはそれを探しているのですか?」
「ああ」
と目を右往左往させる男の言葉は何故か迷いないものの様だった。
「いらっしゃいましたが、かなり前にお帰りになりましたよ」
少しの嘘、スパイスと共に差し出してやると、男は案の定僕を信用した。
「紅茶でもいかがでしょう」
男にふわりと笑いかけると、男の血管が浮かび上がった。それを楽しむ様に微笑んでやると、
「ええ、是非」
と男は答える。こういうところが、と思うが、まあ他人事なのだ。……他人事なのか?
「あの……?」
男が僕の顔を覗き込んでいた。僕は少し驚きを唇に浮かべて、消してみせた。
「少々お待ちください」
僕が奥へ入っていくと、男は部屋の中を一周見廻し、少しがっかりした顔で、影を深くする。
「お眼鏡にかなうものはありませんでしたか」
「いや……」
下手に動揺せず、部屋を高く評価しなかった客人の様な顔をしてみせる。
「あなたの探し物はなんでしょう?」
「金ですね。あとは……」
無に近い激動を浮かべ、気持ちを乗せる。
「真実です」
男はまたニコリと笑うが、目は全く笑っていなかった。鋭い光を放つそれを携えたまま、物騒にも森の方を眺める。
「もうすぐだ」
ふふ、と笑うその男に、僕は声をかけた。
「行ってらっしゃいませ」
「ああ、ご馳走様でした」
男は真の表情でにかりと笑ってみせ、扉を開き、僕を振り返って言った。
「出来ればまた来たいものです」
「いつでもどうぞ」
僕も笑ってみせると、男は笑顔で森の中へと入っていった。
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