55人目の客人


「一晩泊めていただけないだろうか。金ならいくらか出せる」

 嫌味でない程度に高級な服で着飾った男が入ってきた。


「料金は結構ですよ」

 僕がそういうと、男は胡散臭そうな者を見る目に変わった。

 疑り深い性格だな、と思いながら、僕は紅茶を淹れに奥へと向かった。

 男は当たり前のように腰を椅子に落ち着けた。


「どうぞ、お召し上がりください」

 カップを前に出すと、お辞儀はともかく、礼もせずに飲み始めた。


「あなたの事を聞かせていただいても?」


「私は、王立グループの社長をしている」

 男は何気なく僕の顔に浮かぶ反応を見ていたが、いつも通り僕の顔が無を映していると、足を揺らし始めた。


「有名だと思っていたのですが、流石にこのような場所には名前が来ていないのですね。残念です」

 そう言う男に、僕は口を開く。極めて無のまま、言ってみせる。


「楽しいですか?」


「何がだ」

 何故か今度は足を激しく動かし始めた男に、もう一言、言ってやる。


「あなたは、何者なのですか?」


「うるさい」

 人に言い慣れている命令形を使って僕を黙らせにかかるが、生憎僕は人なんて怖くない。



「今、あなたには家族がいますか?」


 ばしっ、と大きな音が小屋に反響して、しばらく余韻が響く。

 机を引っ叩いた男は、痛そうに手を押さえて、引っ込める。


 スッと立ち上がり、僕をじっと見る。ニコニコと笑ってやると、男ははっとして、自分で子供のような手つきで服を着た。


 あまりにくしゃくしゃになっていたため、僕は見ていられず手伝ってやった。


「ありがとう」

 ひとりでに飛び出た言葉に、男自身が驚いていた。

 ばん、と扉を開けて、慌てた様子で、まるで何かから逃げるように、森の中に飛び込んでいった男を見て、僕は少し、くつくつと笑って、言った。



「またのおこしをお待ちしております」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る