episode4

「だいぶこなれてきたんじゃないか?流石だね」


 彼が僕に話しかける。暇な時は小屋に入り浸るようになった彼に、僕は、彼にとって正しい返答をする。


「いえ、あなた様のおかげですよ」

 そう言ってやると、彼は渋柿を食べたような顔になる。


「ねえ、その性格めちゃくちゃ気持ち悪くて嫌いなんだけど」

 僕は、拭いていたカップをゆっくりカウンターに置いて、改まって言った。


「それなら、何よりです」


 彼は、うええ、と舌を出した。

「僕なんかしたっけ?初々しい君が好きだったのにぃぃ」


 人間とは成長するものなのですよ、と心の中で呟き、そういえば今の僕は人間を名乗っていいものかと重巡しゅうじゅんする。


「いいんじゃないかな?考える糸口は人間みたいに作ったし」

 それは一体どういうことなのか、と尋ねるような真似もしなくなった僕は、静かに次の客人への準備を進める。


「ねえ、次の客人だけどさ、君にはちょっと荷が重いと思うんだ。僕に任せてくれないかな?」


 僕は即答する。

「今更誰が来ても同じですよ」


 そう言ってくれると思った、とはしゃいで、彼はのんびりと椅子を揺らす。

 ギィギィと不快な音が小屋に響き渡る。それと同時に、彼の周りの空気が重くなるのはいつものことだが、心なしか、彼はいつもより楽しそうで、不機嫌そうで、少し荒れていた。


「私のことぶちのめして、楽しいのですか?」

 聞いてやると、彼は少し楽しそうな面をしてみせた。


「そりゃ楽しいよ。でもさ、あそこまで動揺しない君を吹っ飛ばしてもあんまり楽しくないんだよねぇ……」

 嫌だ嫌だ、と駄々をこねる彼をみて、僕は少し笑う。


「ここに止まっていていいのですか? 客人が参られたのでは?」

 僕が急かすと、彼は目を合わせてきた。


 狩人の目、と僕が勝手に呼んでいる目をして、彼はジワリと殺気を滲ませる。


「じゃあ、今晩も頼むね?」


 そう言って、僕への目線を軽い調子で切る。


 はてさて次は誰がやってくるんでしょうね?


 ギィィィという扉の音が聞こえて、僕はいつも通り、上品な笑みの元、迎えようとするが、そのまま固まってしまった。


 来たのは、やつれにやつれた、僕の親だった。


「だから忠告したろ? まあ、頑張りたまえよ人間」

 彼の笑顔と喋る声が、どこまでも意地悪く僕に襲いかかる。


「あの……?」

 あの父が、生前の恐ろしさなんて想像も出来ないような恐縮っぷりで、僕に話しかける。


 僕だってわからないのか、と気づいて、いつも通り対応してみせる。


「こんにちは。紅茶を淹れますね」


「いや、それより、女性を見かけませんでしたか? 今度こそ、俺の子供を身篭ったんだ! 逃すわけにはいかないのですよ!」


 未だにそれ・・は行われているのか、と僕は溜息を我慢する。


「見ませんでしたね。落ち着くことも探し物をする時には大切なことです」


 そう言って、僕が奥へ向かうと、男はちょこんと椅子に腰掛ける。


 紅茶を出して、一緒に飲むと、父親がとても小さく見えて、慌てて立ち上がる。


 ……?どうかしたのか、僕。いつもみたいにやればいいことだろう。こんな初心者みたいな……

「あの、どうかされましたか?」


 心底不思議そうに聞いてくる男の目には、僕は写っていなかった。


 ああ、こういうお方だったな、と僕は彼を許した・・・


 森の主である彼の笑い声が響いたように感じて、僕は窓を見つめる。


 少し笑って、父とは最後の紅茶を、ゆっくりと飲み干した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る