32人目の客人

 悲鳴を哀れにも騒ぎちらしながら、部屋に泥だらけのまま入ってきたのは、白衣を着て牛乳瓶の口のような眼鏡をつけた、髪の毛くしゃくしゃの男性。


「ぎゃああああああ!!」


 目が合うや否や特大の悲鳴をあげた男に、さすがの僕もイラッと

……いえ、いけませんね。


 精神力を総動員して、僕はニコリと上品そうに見えるだろう、笑みを浮かべる。


「どうなさいましたか?」


 ギャーギャーこちらをイラつかせる音をさっさとやめて欲しかったが、男は目を瞑ってしまって、何やら、言葉を叫んでいる。何とか聞き取ろうとすると、どうやら、

「娘は俺のものだ! 忘れてやるもんか! 忘れてやるもんか!」


と言っているようだ。


「あの……」


 紳士的な声色とボリュームで話しかけるが、全て男の声量に隠されてしまう。




「おい……いい加減にしろよ、人間」


 僕の低い声と気配に、普通は気絶でもするだろうそれに、何故か音か男の声は、恐怖でますます盛り上がる。

 僕は、舌打ちをして、手を体の前に差し出し、苛立ちの感情を示す。




「ひええええええぇぇぇ!?」




 地から漏れ出すのは、部屋を赤く美しく染め上げる液体。


 その丸がどんどん膨れ上がり、ボコっと部屋の中で、それは弾ける。


 あっつ!と叫んだ男の肩についたそれを、本人は不思議そうな顔で見る。ひえ、という声を上げて、男性は服を脱ごうとワタワタと動き、脱げたら脱げたで、何故か僕の方を見る。不安を宿した目だった。


 それで大人しくしておこうという理性が働いたのか、男は手で口を締め付けた。目に微妙な恐怖が浮かぶのを見て、僕はさらに不機嫌になる。


(本当の恐怖、というものを見せてやろう)


 僕は、男の前に、一瞬だけ姿を見せる。




 目蓋をカラスに啄まれて、綺麗な顔を赤に塗り固められた女。

 脚を切断されて長い長い耳障りな声を上げ続ける男。

 長い長い紐のようなものは、引き裂かれて、消化器の中が丸見えになっている。消耗したのはおそらく、ちっこいあいつらが持っていこうとして、重すぎる上にすぐに切れるため、諦められたもの。


 みんなドス黒く変様しており、変に固まって、傷口から絶えず虫が湧き出している。

 


 それら様々な者が僕にネックレスのように僕に巻きつき、僕をこの部屋から逃さない。

 黒い血が、部屋のあたりにばら撒かれる。

 男はお化けでも見たかのように怖がって、目を剥いて、気絶してしまった。


「こんにちは」


 意識を何とか取り戻した男に近づきすぎなほど近づいて、僕は意地の悪い顔を奪いながら、男にさらに近づく。


 男が慌てて無言で一生懸命に、腰を抜かしたまま、どこかへいけば僕から逃げ出せる、という希望があるかのように、ズリズリと体を引き摺って小屋から逃げ出そうと試みる。

 僕は少し男の様子を見つめて、髭のないツルッとした顎と手の甲を重ねて観察する。

 ビキっと何かが重さで金切声を上げるような音がして、男は恐怖の表情のもと、マグマに落ちた。

 そもそも、こんな暑さで人が生きていけるわけがない。私がクスクスと笑っていると、ある事を思い出した。


(あ……)


 僕を取り囲むように並ぶそれは、いつ見ても鎖にしか見えない。

 僕が飼われているものだと分かると他のものは舌打ちをして、自分のことを揶揄からかった。

 その煽りにのったわけではないが、僕は苛立ち紛れに、ボコボコいっているところは手を向け、上に上げる。すると、人の全身ほどある赤い液体が浮いた。

 すーっと手を動かすと、隣人は悲鳴を上げて逃げ惑う。ジュッという可愛らしい音を残して、悲鳴を上げは暇もなく、絶命していく。

「あいつに怒られてしまうじゃありませんか。どうしてくれるんです?兄弟?」

 思い切り顔を歪めて暴言を言うことを避けた。

 自分の自制心に心の中で拍手を送った僕は、次の人に男の紅茶を淹れてやろうと考え、少し楽できそうだと、カラカラと異常を示す目と口で、笑った。


 

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