24人目の来客

「こんばんはー」


 疲れたような声を連れて、部屋に入ってくる友人。


「よくいらっしゃいました。紅茶を淹れてきますね」

 

 僕が弱っている時ばっかりテンション上がるって、良い趣味してるじゃん、

とぶつぶつ言う声が聞こえるが、無視して準備を続ける。


「今日の噂話はあまり楽しく無かったんだよ。だってさ、可愛らしいドジっ子師匠さんが、

2人を殺して終わりだもの」


 何で今回に限って邪魔してこなかったのさ、と言って、泣くふりをした友人に、


僕のことは筒抜けだろう何でいちいちそんなに芝居かかった言動をするんだ、

とうんざりする僕に、彼は近付いて声をかけてくる。




「ねえ、何でかな?」


「何のことでしょう」


 妖艶な笑みを意識して言うと、彼は金色こんじきの髪を、僕に近づける。

 

 彼の真っ赤な、血のような、目が迫る。


 赤と赤が、交わる。


「今日の噂、詳しく話してあげるよ」


 そう言って彼は、上にある豪華なシャンデリアを見つめるような、その先を見つめているような、ぼーっとした表情で、僕に話を聞かせた。


「あるところに、2人の弟子と、師匠がいました。

 その人たちのうち、1人は狂っていた」



 蝋燭のボンヤリとした明かりを吹き消す。


 上で、その蝋燭に照らされていただけのシャンデリアが色を失い、漆黒が場を支配する。


 恐らく彼には明るさなど関係ないのだろう、と僕は何となしに考えた。



「やがて、1人の弟子が天才と呼ばれるまでになっていった。それに比べて、もう1人の弟子には人一倍キツく稽古をつけたが、それでも開花することは無かった」


 鼻歌をつまらなそうに歌いながら、彼は部屋をグルグルと回る。


「これが表の面。


 真実はまあ、ご承知の通り。天才はただ師匠に男として認められて優遇されていただけ、

本当の実力は、まったくの逆だった」


 僕が興味なさそうに紅茶を飲んでいると、彼も興味なさそうに紅茶の味を楽しみつつ、続きを語る。


「勿論天才君は初めから天才だったわけではなく、もう1人の弟子が入ってくるまでは真面目だった師匠に教えられて、ここまできたんだ。

 だから、中々思い切れなかった。

 それを師匠ももう1人の弟子も承知していたからこそ2人は好き勝手やれた。


 だが、ある日、優秀な方の弟子が、自立したいのだと声をかけてきた。


 それに慌てた師匠。何故なら、自立されてしまっては、師匠として色々命じることが出来ないから。


 自分の城で築きあげた、秘密が全て公のものとなりかねないから」


 ニヤニヤと無教養な笑いを浮かべて紅茶を一口飲んで、また口を開く。


「そして、彼が繋ぎ止められないと分かると、弟弟子にあることを命令した。


 それがあまりにも酷いものだったため、弟弟子は大急ぎで逃げてしまった」


 弟弟子くんは彼なりに信条があったんだね、と言って、クスリと馬鹿にしたように笑う。


「いや、そうじゃないか、彼は、兄弟子を殺せ、などという命令まで飛び出させた師匠のことが、怖くなったのかもしれないね」


 それか、殺し自体を怖がったのかもしれない、と、彼は口が割れているのではないか、と思うほどの満面の笑みを作る。


「そして、弟弟子は逃げている最中に、兄弟子に会った。


 彼は、忠告を口にして、一緒に逃げようと懇願したが、兄弟子はナイフを取り出した。


 慌てた弟弟子は、森の闇の中へ消えていった。流石に弟弟子も、今まで虐めまくっていた人が自分の味方になってくれる筈がない、と思っていたんだろうね」



 兄弟子には弓の才能だけではなく相手の心理を解く力があった、と言い終えると、

ヒョイと普段は全く食べない菓子を取って、齧り付いた。


「兄弟子は、師匠は弟弟子の前に自分を殺そうとしている、と師匠の心を理解して、弟弟子がどれほど自分に信頼を置いているか確かめる方法として、ナイフを握って見せた。

 一目散に走り去る弟を見送り、彼は弟が安全なところに出るまで自分が鬼ごっこを請け負ってやろうと、弓に希望を込めた」






「合宿場がこんな所にあったなんて知りませんが」


と僕が口を挟むと、彼は少しだけ機嫌を直した。






「知らなくて当然だよ。だって、この森には無いもの」


 僕が首を捻って説明を求めると、彼は笑って、何でもない事のようにサラリと言ってみせた。


「僕がこの森に連れてきたんだよ。森ごと移動させたんだ」




「……そうですか」


 すごい?と聞いてくる彼に、適当に、凄いです、と褒めてやると、彼はニマニマと嬉しそうにしていた。


「でもさ、いくら僕が場を整えてやったからといって、弓道界で有名らしい2人が、あっさり師匠に殺されてしまったのは予想外だったよ」


「それはまあ……」


 僕が思わず口を挟むと、彼は本当に嬉しそうな目で先を促した。


 余計なことをを言ってしまったと後悔するが、もう遅い。






「彼らは、何だかんだいって、大切だった師匠のことを殺せなかったのでしょう。

 それに……」




 僕は薄く人間のように微笑んで、呟いた。




「彼女は演技がお上手でしたから」



 ふんふん、と友人は頭にメモをとっていた。

 急に用事を思い出した人でも、こんなに急いで立ちはしないだろう、という速度で立ち上がる。




「今日も紅茶ありがとね」




 僕が紅茶を飲むのに目を逸らした一瞬後には、もう彼の姿はなかった。




「またのおこしをお待ちしております」

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