22人目の客人
「……こんにちは」
「こんにちは」
物静か過ぎるほどに、静々と入ってきたその男は、獲物を狩る目で周りをギョロギョロと見て、目だけが光っているような、そんな有様だった。
「ここに、男性が来ませんでしたか?」
僕が首をゆっくり振ると、男は少しがっかりした様子で、椅子に座ってもいいか聞いてきた。
僕が勧めると、今までの疲れを振り切るように、椅子に座る。
「紅茶を淹れてきますね」
僕が言うと、男は上品に頷く。
僕が紅茶を注いで差し出すと、どことなく不器用に、それを飲んだ。
「その弓は?」
僕が世間話を始めると、男性はギクリと身を硬らせた。
首を傾げると、特徴のない真面目そうな男の顔が不自然に歪み、厚めの唇が開き、とても短い金髪が言葉に合わせて揺れた。
「弓道を嗜んでいるもので、その稽古場に向かう途中だったのですが、迷ってしまいまして」
こんな森の近くを通っていく場所に、弓道場などあったか、という顔を僕がしていると、男はまた、言葉を重ねる。
「実は、森の中で合宿を行なっていたのですが、仲間の1人が何処かへ行ってしまって、探している最中なのです」
さらに、男は重ねる。
「一日中探し回って疲れてしまいまして。
本当なら仲間がいなくなったのだからもっと必死で探すべきなんでしょうが。
それに……」
「あの男なら大丈夫だ、と思える何かがある、ですか?」
僕が先を言うと、男の顔から赤が消えた。
途端に青白くなった男は、咄嗟に弓を手にかけていた。
静かに、僕を見つめる男の目には、注意深く清廉さがあり、その袴姿を際立たせていた。
前の男性よりその姿はしっくりと収まっていて、涼やかな美しさが花開く。
「あなたの髪、綺麗ですね」
灰色の髪の所々に、植物の様な艶やかな緑、素敵です、
と言って、男は、細いがしっかりとした骨太の手を無意識に差し出す。
その手を、僕の青白く細いだけの手で掴むと、男はハッとして手を引っ込めた。
僕の赤い目を見て、思慮深く、考える。
何故、こんなにも自分は殺気だっているのだろうと、あくまで冷静に、男は考える。
「どうなさいましたか」
僕が薄い唇を開いて喋りかけると、
男はニヒルに笑って、何かを呟いた。
「申し訳ありません。今、何と?」
僕は珍しく読み取れない相手を、じっと緋色で眺め尽くし、尋ねる。
男はまた少し笑って言った。
「殺せるもんなら殺してやるさ、と、言ったのですよ」
最初の言葉に乗せたのは紛れもない殺気。
それでいて、後は、気の抜けた溜息のような声だった。
「そろそろお暇します」
「面白い話を、ありがとうございました」
立ち上がった男の背筋は真っ直ぐ。
僕はゆっくりとそれに応じた。
「またのお越しをお待ちしております」
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