Episode15/決意

 どうせ戻らないのだからと、僕は草原に横になって少し休むことにしていた。


「砂風! このままのんびりしていていいの!?」

「だって……手だてはないし……」


 どうせ僕にはあの包帯男ーーもうひとりの僕には勝つ手だてがないんだ。

 間もなくして、激しい崩落音が聞こえてきた。

 なんだなんだと音がした方向を振り向くと、いきなり海の小島にあった城が崩落を始めていた。

 何事かと城周辺を凝視する。


「現実の砂風が生死をさ迷っているせいで、世界が崩壊を始めたんじゃなの?」


 と、瑠奈は推測を口にする。


 ……この夢のような世界まで崩壊する?

 …………なら、休む暇などないじゃないか。


 せっかく安住の地を見つけたと思って安堵していたのに。

 海水が波立ち大波に代わり砂浜を覆い草原まで湿り尽くしていく。


「待っている暇はないよ! 砂風、今度こそあいつを倒そう!? どうせここで待っていても死ぬなら、世界が終わるなら、戦うしか手はないよ!」


 やつを探して今度こそ倒そう?

 本当に倒せば目が覚めるのだろうか?

 本当に、あいつを倒せるのだろうか?

 圧倒的なちからを持つ、あの包帯男ーーシャドウを。

 瑠奈は自身の持論を述べはじめた。


「砂風は今生死をさ迷っている。で、死の存在が形となったシャドウと、生の存在の形である砂風。両者が存在していることで均衡を保ち、まだ現実の砂風は、生か死ぬかを霊体が判断しているんだと思う。砂風が勝てば生に、あいつが勝てば死に、魂は決断を下しかねているんだと思う」だからこそ、と瑠奈はつづける。「死の存在であるあいつを倒しうることで、生きる選択をしたことになり砂風は甦られる、と思う」


 と、か。確信は持っていないのか。

 でも……どちらにせよこの世界を亡くしたくはない!

 現実の僕は今、死に近づいたため、世界が崩壊を始めたのだ。

 なら善は急げだ。

 奴を探しだして全力でほふる。倒す。殺る!

 今の僕は生きたい気持ちでいっぱいだ。


 ーーそれは本当か?


 自問自答を打ち破り、地面に向かってすり抜ける。

 当たり前だ。こんな素晴らしい世界を壊したくない。現実がいくら絶望に染まっていても、僕には瑠奈がいるじゃないか!

 今度はスムーズに下界に降りられた。

 しかし、世界は既に、ところどころ綻びを見せていた。

 なにもない虚無領域が至るところに存在している。虚無空間、それがふさわさい表現だろう。


 ーー地面に着地する直前、焦る僕の隣にいた瑠奈が、いきなり、真横に吹き飛び倒れ転げた。

 慌てて瑠奈に駆け寄る。


「瑠奈! 瑠奈!?」


 瑠奈の胸元には、ギラリと光を放つナイフ。その柄。根元まで突き刺さっているのだろう。

 瑠奈は血を多量に流しながら、倒れたまま起き上がらない。


「さあ、絶望しただろう?」


 そこには包帯男……シャドウ。もうひとりの僕がいた。


「おまえは……! 瑠奈に、瑠奈になにをしやがった!」


 立ち向かうが、片手で押され瑠奈の元まで押し返される。


「瑠奈にはもう頼れない」包帯男ーーもうひとりの僕は嗤う。「瑠奈がいない世界なぞ生きている希望もないはずだろう? さあ! 早く命を差し出せ! 死にたいと願え!」


 包帯男は演説でもするかのように声高らかに宣言する。

 死にかけの瑠奈が、小さく、小さく、聞こえるかどうかわからない儚い声で僕に向かって囁く。


「砂風……生き……て」


 僕は瑠奈から離れ、ゆっくりと立ち上がる。


 もう迷いはない。瑠奈に、生きて、と言われた。


「なんだと?」


 包帯男は少したじろぐ。


「絶望するとでも思ったか? ここは幽界。僕さえ生きていれば瑠奈は蘇生させられる」


 確信する。


 ここは幽界。


 僕の精神がすべてを支配する世界だ!


 また楽しい日常を過ごすんだ。


 幽体離脱時だけじゃない。


 瑠奈は現実でも話し相手になってくれた。


「そんな世界で一番頼れる相棒を、大切な人を、死なせるわけにはいかない!」


 僕は振り返りシャドウを見据える。

 遭遇して初めて、包帯男の目に暗雲が立ち込める。



 そして、包帯男は僕が立ち上がるのと同時に、初めて、後ろに一歩足を退いた。


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