第4話

 馬飼いは連れて帰った馬を茜と名付けました。馬は雌馬でしたし、その毛足は夕日の沈む前の空と同じ色をしていたからです。

 

ところがじきに馬飼いは、また頭を抱えることになりました。

 どういうわけか茜は決して水を飲もうとせず、それどころか決して水に近づこうとしなかったのです。体を洗ってやろうとして川に近づいても、鋭くいなないて、嫌がってもがいてはひどく暴れるのです。そんなに嫌がることを無理矢理強いるのが可哀そうで、馬飼いがつい手綱を緩めると、これ幸いとばかり茜は素早く馬飼いの手を逃れて、一目散に厩へ逃げ帰ってしまうのでした。

 

 一方、漆闇も相変わらず元気がありませんでした。細々と飼い葉を食むようにはなったものの、よろよろして十分に働けません。それなのに、やたら水ばかりがぶがぶ飲んでは、ぐっしょりと大汗をかくのです。

 

 けれど、助かったことに、茜は水こそ嫌がるものの、よく働きました。小柄な雌馬なのに大層力があり、長い時間田畑も耕せば、長い道のりも重い荷物を載せてぽくぽくと疲れも見せずに歩きました。

 人を乗せたり、荷を引いたり、大きい荷物を持った人が頼んできた時は、茜が小さくて人と荷を一緒に乗せられないので、馬飼いが村の大工に頼んで荷車を作ってもらって、そこに人と荷を載せました。

 漆闇が弱ったままでも、茜の働きで馬飼いの一家はゆとりを持って暮らすことができました。

 

 しかしそうなるとますます馬飼いとおかみさんは漆闇のことが気がかりでした。


「ねえ、おまえさん。漆闇はまだ飼い葉を食べないだか」


「ああ…、困っているだよ。なんだか近頃、少し痩せてきたようにも見えるしなあ」


「痩せてきただよ、漆闇は。それから、こう、目の光が弱々しくなって、生気が衰えているような…」


「おらも心配してるだ。茜が働いてくれても、このままでは漆闇が可哀そうだよ。漆闇は、おらとおまえが一緒になる前から、おらといるもんなあ。おらとおまえが一緒になれたのも、坊が生まれたのも、みんな今迄、漆闇がよく働いて、おらたちを支えてくれたからだ。あれは家畜じゃなくて家族だよ。おらたちの大事な家族だだよ。どうにか、元のように元気にしてやりたいだが、一体どうしたらよかんべ。おらには見当もつきやせんよ」


「…あんた、もう一度、お百度を踏んでみないだか。いいや、今度はあたしがやろうかね。漆闇をお社の境内まで連れて行くのは酷かねえ…。境内に置いている間、あたしが坊を背中にくくりつけて、お百度を踏んだら、と思うとるんだが…」


「いいや、境内で糞でもたれては、それこそ神様に失礼だわさ。厩に置いたまま、明日、おまえがお百度を踏んでくれるだか。おらは明日は隣村まで人を乗せていくよう頼まれているもんだで…」

 

 それで、おかみさんは手早く湯を沸かして、馬飼いに漆闇の体をきれいに拭かせました。それからふたりで湯を浴びると、明日の早い朝に備えて、早目に床に就きました。

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