13、

 大広間のような部屋に到達したハヤトたちは、致命傷を与えるような危険な罠がないことを確認し、調査を開始した。

 この大広間に至るまでの通路や小部屋の壁や床の様子とは全く違う、明らかに何かしらの用途があったと考えられる装飾が施されているその広間に、特に学術的な好奇心が強いアミアはいつになく真剣な表情で壁の装飾を見ている。


「う~ん……この雰囲気、やっぱり何かを祀ることが目的? けれど、こんなところに何を祀るっていうんだろ?? それとも、何かを呼び出したり封印したりすることのほうが目的だったりするのかな?」


 ぶつぶつと次から次へと言葉を紡いでいく。

 まるでハヤト相棒返答合の手をまったく期待していないようだ。

 人間の学者顔負けの態度に、ハヤトは苦笑を浮かべつつ、壁に目を向ける。


――これは、壁画かな? 壁の面積から考えても、何かの物語みたいな感じに思えるけど……


 目の前に広がっている、一枚つながりの絵画にハヤトは物語性があるのではないか、ということに気づき、じっくりと壁面を観察した。

 長髪の女性と思われる人物が、先端から光のようなものを放っている杖を掲げていると、その光から鳥や魚、四本足の動物たちが飛び出し、その足元に植物と思われるものが描かれている。


――創世記の一節、か


 この世界に降り立った女神により、この世界に生命が生み出され、やがて女神は人を生み出した。生み出された人間は文明を築き、町を、国を作り、発展していった。

 しかし、さらなる富を求めた人間は、互いに争うようになる。

 そこから生まれた憎悪や憤怒、嫉妬、悲しみなどの負の想念が募り、世界に女神が生み出したものではない生命である『魔物』が発生し、それら魔物を統べる王たる存在もまた同時に生まれ出た。


 これがバビロニカ教の聖典に記されている創世記の一節だ。

 目の前に広がっているこの壁画は、その一節を描いたものであるらしい。

 だが、壁画の終わり部分。

 そこに目を向けた時、ハヤトはふと違和感を覚え、壁画をじっくりと見つめた。


――なんだ? この絵は……こんな感じの一節、あったか?


 そこに描かれていたものは、虚空から出現した『何か』に立ち向かっていく人間やただならぬ雰囲気をまとった、霊獣と思われる獣の姿だった。

 だが、虚空から現れた存在についても、それに人類や霊獣が立ち向かったという記述も、創世記には。少なくとも、ハヤトの記憶には存在していない。


――アミアだったら、何か知ってるかもしれないけど……


 唯一、知っている可能性があるアミアの方へ視線を向けるが、とうの本人は今も別の壁画を見つめたまま、ぶつぶつと何かを呟き続けている。

 あの様子では、こちらから話しかけたとしても反応があるかどうか怪しい。

 そう感じたハヤトは、ひとまずほかの壁面へ視線を向けた。

 ふと、カインが調べている祭壇のようなものを調べている光景が目に入り、何の気もなしにそちらのほうへと向かっていく。


「カイン、そっちのほうはどう?」

「ん~? わっかんねぇ」

「わからない?」

「あぁ。何かの仕掛けがあるみたいなんだけどよぉ……」


 どんな仕掛けなのかがいまいち、と続けようとした瞬間。

 カチリ。

 何か、硬いものがはじけるような音が響いた。

 すると、巨大な何かが動いているかのような地響きと轟音が大広間の中に響き渡り、祭壇の奥にある壁が徐々に下へと降りていく。

 ガコン、という大きな音とともに地響きと轟音は止まった。

 壁の奥にはさらに空間があるらしく、暗闇が広がっている。

 新たなエリアの発見に、カインは目を輝かせて早速、中へ入ろうとしていたが、その足はすぐに止まった。

 どうしたのか問いかけようとした瞬間。


「な、なぁ……奥の方から何か、聞こえてこないか?」

「え?」


 カインの言葉に、ハヤトは視線を奥の空間へ向け、耳を澄ます。

 ハヤトの耳に、ごりごり、と思いものを引きずるような音が届いてくる。

 その音は、確実に自分たちの方へ近づいてきていることを察したハヤトは、シェスカとアミアに声をかけた。


「シェスカ! アミア!! 何か来る!」


 ハヤトの声に、シェスカはハヤトとカインの前に出て、アミアはポシェットの中へと身を隠す。

 音はどんどん大きくなっていき、ついに音の正体がその姿を見せた。


「おいおい……冗談だろ?」

「こんなところでこいつと遭遇するか、普通」

「これが存在しているということは、それだけ重要な遺跡であるということよ」


 壁の奥の空間から姿を現した存在に、ハヤトたちはそれぞれの感想を漏らす。

 三人の目の前に出現した存在。

 それは、普通ならば遭遇することはまずありえない、『守護者』とも称される魔物であったためだ。


岩巨兵ロックゴーレムか……鋼鉄スチール魔鉄ミスリルじゃないだけまだましだけど」

「贅沢言うなら、ウッドのほうがよかったか?」

「まぁ、そうだな。けど、この環境じゃしかたないだろ」

「だわな……」


 巨兵ゴーレムと呼ばれるその魔物は、周辺の環境により様々な種類が存在しているだけではない。

 自然発生するだけでなく、人間が魔術を用いて造り出すことができる、唯一の魔物でもある。

 その場合、巨兵は造り出した人間によって設定されたある一定の範囲を守護するよう命令されていることが多い。

 そのため、この魔物が出てきたということは、この奥に、何か守護しなければならないものがあるということの裏返しでもある。


「さぁて、それじゃちょいと頑張るとしますか!」


 その守護しているものが何であれ、かなり価値の高いものであると考えたのだろう。

 カインはニヤリと笑みを浮かべ、巨兵に挑む気合を入れていた。

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