4、カインを置いて……

 準備に手間取っているのか、時間までに集合場所へ来ることができなかったカインを置いていくことにしたハヤトはシェスカを追いかけ、街道を速足で進む。

 数分とかからずにシェスカの背後に到着できたはいいが、その後の二人と一匹の間に会話らしい会話はなく、少しばかり気まずい雰囲気が流れていた。


――まぁ、原因がこの場にいないのがせめてもの救いなのかもしれないけど……


 その原因がこのばにいないカインであることは、ハヤトもわかっている。

 ほんの少ししか話していないが、シェスカがカインに対して何かをした、ということはまずないだろう。

 むしろ、カインが彼女に何かをしたという可能性の方がずっと高い。

 加えて、推察になってしまうがシェスカの性格はカインのものとは正反対であるため、その時に何かしらの衝突があったことは確実だ。

 一体、何をしでかしたのか。

 気になってしまっているハヤトだったが。


「さすがに、聞くのは失礼だよねぇ……」

「まぁ、そうだね。というか、女性の過去を聞き出すのはさすがに失礼すぎるよ?」

「だよなぁ」

「まぁ、カインが何をやらかしたのかは、この依頼が終わったら、カイン本人から直接聞いてみた方がいいんじゃない?」

「そうだな。ひとまず、このことは横に置いておくことにして……」


 アミアの言葉に同意し、ハヤトは手のひらに魔力を集中させ始めた。

 それを察したアミアは、素早くハヤトの胸ポケットの中へ隠れる。

 アミアの体が完全に隠れると、ハヤトはシェスカの方へ近づき。


「《岩槍ロックランス》!」


 シェスカの死角から飛び出してきた緑小鬼ゴブリンに向けて、魔法を発動させた。

 潰されたカエルのような気味の悪い悲鳴を上げて、緑小鬼が地面に落ちると、シェスカは戦闘態勢を取り、周囲を警戒する。

 ハヤトはようやく彼女に追いつき、シェスカの死角をカバーするように、彼女に背を預け、いつでも魔法を発動できるよう、準備を整えた。


「敵の数、わかる?」

「いえ、俺には……アミア」

「……四、いや五体かな。さっきのハヤトの魔法を見て、どう攻めるかもめてるみたい。そこの茂みにいるよ」

「わかった」


 敵意や気配に敏感なアミアがそう答え、ハヤトはアミアが示した方へと視線を向け、魔法を準備する。


「広域展開、《岩槍ロックランス》!!」


 魔力を集めた手を地面にかざし、魔法を発動させる。

 その瞬間、狙いを定めた茂みから岩の槍が伸び、隠れていた緑小鬼たちがその衝撃で吹き飛ばされ、姿を見せたが。


「撃ち漏らした!」

「任せて!!」


 二体の緑小鬼が体の表面を掠る程度で済んでしまい、襲撃に気づいて向かってくる。

 それに対してシェスカが向かっていき、あと数歩で接触するというところで、右手で作った握りこぶしを振り上げ。


「チェストォッ!!」


 鋭い気合とともに、緑小鬼の一体にその拳を振り下ろす。

 シェスカの腕は決して太いわけではない。

 だが、その細腕のどこにそれだけの力があるのか、疑問を抱かせるほどの深さの陥没を緑小鬼の顔面に残した。

 さらに、残る緑小鬼も振り向くと同時に振り上げた足で首を蹴り飛ばし、後方にあった樹の幹に赤黒い花火を開かせ、その残骸はずるずると根本へと落ちていく。

 その光景に、ハヤトとアミアは頬を引きつらせていた。


「うわぁ……」

「ハヤト、シェスカさんを怒らせるようなことは、しないようにしよう?」

「それが一番だな……てか、カインの奴、こんな人によく喧嘩売る真似できたな」

「だねぇ……斥候としての腕前は優秀なんだろうけど、やっぱり人格にちょっと問題あるよねぇ」

「まぁ、そこがカインの味って奴なんだろうけど」


 アミアの言葉にハヤトは苦笑を浮かべながら返す。

 ハヤトとてカインに対して思うところがないわけではない。

 だが、自身が秘密として明かさない事実の一端を見ても態度を変えることなく接していることから、決して性根が腐っているわけではないことも知っている。

 だが。


――さすがに、素手で緑小鬼の顔面陥没させるわ蹴り飛ばした勢いで頭蓋骨を見ず風船みたいに破裂させるような腕前の人間を怒らせるって……一体全体、何をしたんだよあいつは……っ!!


 とんでもない実力を有しているシェスカがその顔を見ただけで怒るほどのことをやらかしたカインに、疑念と困惑が沸き上がっていた。

 一週間で様々な依頼を完了させてきたため、カインに対して信頼がないというわけではない。

 ないのだが、さすがに自分よりも高い実力を持っている人間に不信感を抱かせるほどの何かをやらかしたことに、その信頼も吹き飛んでしまいそうだ。


「もしこれで最後まで顔を出さなかったら、俺、カインとのパーティを解消することも検討した方がいいのかな……」

「いやぁ……さすがにそれはカインがかわいそうなんじゃ?」


 少なくとも、そんなことを呟く程度には、すでにハヤトの中にカインへの信頼は消えていた。

 その呟きにアミアが反論を返したのだが。


「それがいいかもしれないわね。今回の依頼だって、最後に顔を出すかどうか怪しいところだし」

「う~ん、調べものが終わったら来ると思うんだけど……」

「どうだか」


 シェスカがその反論に否定的な意見を返してくる。

 一応、まだカインのことは信頼しているアミアが否定するが、シェスカはそうは思っていないようだ。

 その証拠に。


「さ。あんな奴の話はどうでもいいから、早く行きましょう?」

「あ、はい」


 これ以上、カインのことを話題にすることはやめたいらしく、早々に話を終わらせ、目的地へ向かうことを提案していた。

 アミアとハヤトはその様子に、カインのことを話題に出すことはしないほうがいいと判断し、うなずき、先を歩むシェスカを追いかけていく。

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