10、カイン、お説教する

 アリシアに魔法の指導するハヤトとアミア、その様子を見にちょくちょくやってくるカインがトネリコ村に来てから三日が経過した。

 マークスの話では、明日、帝都へと戻ることになっている。


「お兄ちゃんたち、もう行っちゃうの?」

「あぁ。そういう約束でここにいるからね」

「機会があればまた足を運ぶこともあるし、これでお別れってことにはならないよ」


 ハヤト以外の人間の肩にあまり乗ることがないアミアが、アリシアの肩に乗ってそう慰める。

 二度目の別れ、ということもあるのか、アリシアはわがままをいう様子はないが、寂しさは感じ取れたようだ。

 その励ましを受けてか。


「……また、会えるよね?」

「もちろんだよ!」


 アリシアの問いかけに、アミアがにこやかな笑みを浮かべて答える。

 その笑顔と言葉に、ようやくアリシアから寂しさが消えた。

 なお、カインもこの場に居合わせているのだが、さすがにこの場で茶化すような発言をすればどうなるかの予想ができているためか、終始、無言を貫いている。


「でも、今度はいつ村に来れるの?」

「それはさすがにわからないなぁ……」


 だが、貫いてきたその無言を破る、とんでもない言葉がアリシアの口からもたらされた。


「だったら、今度はわたしが会いに行く!」

「はぁっ?!」

「え、ちょ……それは少し難しいんじゃない?」


 トネリコ村からグランバレアまで向かうには、大人の足であってもかなりの日数が必要となる。

 まして、アリシアはまだ十歳にも満たない子ども。

 その距離を歩くとなると、どれだけかかるかわからない。

 日数がかかるだけならばまだいい。魔物や野生動物、あるいは盗賊などの危険要素が多く存在している。


「いやいやいやいやっ! 何言ってんだよ!」

「え? おかしいこと、かな?」

「武装してる俺たちだって、安全管理しながらここまで数日かけて来たんだぞ? 近くの村に『ちょっと行って帰ってくる』なんて感覚で行き来できるわけないだろ!!」

「やってみないとわからないじゃない!」

「いいや、お前みたいなちんちくりんは途中で森狼や魔熊に食われちまうか、緑小鬼に連れ去られるな。そうでなかったら、盗賊に取っ捕まって奴隷商に売り渡されるかもな!」

「……っ!!」


 反論するアリシアに、カインは道中に起こりうる危険、それも最悪の事態を出して、さらに返してきた。

 だが、魔物の脅威や盗賊がどれだけ恐ろしい存在であるかは、アレックス村長を含め多くの大人たちから耳にたこができるほど聞かされている。

 だが、具体的に何をされるかまでは教えてもらえなかったらしい。

 カインの言葉にアリシアはすっかりおびえてしまっていた。

 その様子にハヤトはさすがにやりすぎと感じたのか、カインに苦言を呈した。


「カイン! さすがに脅し過ぎだ!」

「これくらい脅しといたほうがちょうどいいんだよ! ガキなんてのはどうせ三歩歩きゃ忘れちまうんだからよ!」

「だからといって、脅していい理由にはならんだろ!」

「はいはい、二人ともそこまで! というか、ハヤト。君もアリシアをびっくりさせてるから」


 そう言って止めるアミアの視線の先には、涙を浮かべて震えているアリシアの姿があった。

 意図していなかったとはいえ、アリシアを驚かせただけでなく、おびえさせてしまったことに気づき。


「あ……す、すまない」

「お、俺も悪かった」


 さすがに悪いと思ったのか、ハヤトだけでなくカインも謝罪する。


「う、ううん……あ、あの。カイン、さん」

「え? お、俺か?」

「あ、あの……ごめんなさい」

「へ?」


 突然、声をかけられたことで身構えたカインだったが、アリシアが口にした言葉が、まさかの謝罪であったことに、間抜けな声を出してしまった。


「い、いやいや! 謝んのは俺のほうだろ? なんで嬢ちゃんが謝るんだよ?!」

「だって、わたし、すごく馬鹿なこと言ったから」

「あ、あれは……いや、そう考えちまうのだって仕方ないだろ?」

「でも」

「でももないもねぇよ! とにかく、この件についてはこれでおしまい! それでいいな?!」

「え、あはい」


 まさか謝罪されると思わなかったのか、アリシアはぽかんとした様子でその謝罪を受け入れた。

 ハヤトとアミアも、まさかカインが素直に謝罪するとは思わなかったため、目を丸くしている。

 むろん、その表情に何も思わないカインではない。


「なんだよ? 豆鉄砲食らったような顔しやがって」


 怪訝な顔をして、ハヤトとアミアに問いかける。


「いやぁ、ちょっと予想外なことだったから驚いただけだよ?」

「予想外?」

「へそ曲がりな君が素直に謝るとは思ってなくってね」

「はぁっ?!」


 アミアの一言に、カインは抗議の声をあげる。


「おいおい、いくらへそ曲がりでも素直に謝るときは謝るぜ?!」

「いやぁ、君はどっちかっていうと、謝罪しないで踏み倒したりごまかしたりするんじゃないかなぁ、と」

「いやさすがにそこまでひどくねぇよ!」


 へそ曲がりを自覚しているカインではあるが、まさか素直に謝罪をすることができないほど、根性がねじ曲がっていると思われているとは、予想もしなかったようだ。

 まさか、と思い、カインは恐る恐るといった様子で二人に問いかける。


「つかお前ら、俺にどんなイメージ持ってたんだよ?!」


 その問いかけに対し、ハヤトとアミアは視線を逸らすだけで何も言葉を返さない。

 当然、その態度を是とすることができず、カインは言葉になっていないうめき声をあげていた。

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