計画的犯行

しゅーめい

計画的犯行

「重いヤツって嫌いなんだよね~」


 彼はたまにこんなことを言う。そんなとき私は愛想笑いを浮かべながらそうだよね~と返す。


 染めたことのない黒髪に不快感を与えない程度の化粧の重い女である私は、明るい茶髪にピアス、芯のない眼差しの軽い男と付き合っている。




第一章 計画的犯行


 私は軽い人か重い人で言ったら、重いほうだと思う。物事の後先はいつも考えて行動するし、リスクはなるべく少ないように立ち回る。軽率な行動はせず、慎重に進めるのがいいと思っている。だから勉強をろくにせず、遊びみたいな恋愛をし、バカな友達とバカなことやってバカみたいに笑って楽しんでいるヤツのことは理解できない。あと一歩未来に踏み出せば実力主義の世界に入り能のないヤツらは必要とされなくなる。そのあと一歩を止めることはできないのだ。将来のためにつまらなくても一生懸命勉強をして、いっぱいお金を稼いで何不自由ない生活をおくったほうが断然いい。私はそう思っている。


 だがそんな私がなぜ”明るい茶髪にピアス、芯のない眼差し”といういかにもチャラくて軽そうな彼と付き合っているのかというと・・・



―――ある晴れた夏の日のこと。私が道を歩いていると正面に人が見えた。半袖からのびた腕には外側全体的にちょっと深めの擦り傷があり、痛々しそうに血を垂らしている。私は万が一のことも考えてちょっとした医療セットはいつも持ち歩いている。せっかく持っているんだし、治療をしてあげようと思った。擦り傷って地味に結構痛いからね。


 治療が終わるとお礼ということでご飯をおごってもらうことになった。ケガ人は明るい茶髪にピアス、芯のない眼差しの男性。チャラい要素を完璧に持ち合わせた人間だ。


 私はお礼のご飯を食べながら擦り傷について軽い感じで聞いてみた。


「結構大きな擦り傷ですけど、どうしたんですか?」


「いやぁ~ちょっと昔の友達と久しぶりに会ったんですけど少しけんかになって転んじゃってですね~」


 彼は頭を掻きながらへらへらと笑っている。


 彼は昔からチャラい感じできっと不良かなんかをやっていたんだろう。まあ自業自得かな。今の雰囲気を見ていると輩の多い不良は辞めて女遊びに移っているんだろう。勝手な憶測だけれども。


「けんかですか。それは大変でしたね。ひょっとしてなんですけど、昔やんちゃなこととかしてたんですか?」


 そんなことないですよ?と答えた彼だが本当のことはわからない。こう見えてめっちゃ真面目なんです!と冗談っぽくいってみたり、そんな話をするということは実は昔やんちゃなこととかしてたんですか?とカウンターをしてきたり面白い人だ。



 それからも何度か食事に誘われ、彼から告白を受けるまでになった。正直なところ彼のことは嫌いではなかったが好きでもなかった。付き合うなら安定した職に就いたちょっとしたお金持ちがいいと思っている。しかし、外見がどうあれ彼は悪い人ではないし不思議と親近感を感じていた。だから私は彼と付き合うことにした。


 というのは嘘ではないが建前であり本音ではない。やっぱり私はお金持ちの彼氏が理想。そういう人に気に入ってもらうためには、いいデートというのは必要不可欠だろう。そんなわけで彼には悪いが何度かデートをして、男女交際について色々要領がつかめるようになったら適当に理由をつけて別れようと思う。


 そう。これはだったのだ。




第二章 一寸先は闇


 私たちはデートの帰りの電車に乗っている。壁には”人生100年を幸せに”を謳った保険会社の広告や、”三手先を読め!”と書いてある将棋の大会を宣伝した広告が貼ってある。すると、隣の彼はつり革を支えにぷらぷらと体重を後ろに預けながら口を開く。


「人生100年かぁ。これまでの何倍あるんだよ。長いなぁ。何してつぶそうかな~。」


 彼の言葉を聞いてふと私は考える。人生、長い、幸せ、三手先。私は人生は何年あっても困らないと思うし、のばすことができるのならのばせるだけのばしたいと思う。そして今の私たちが人生100年は長いと思っているが、人生が終わってもその何倍もの時間は過ぎてゆくことを知っている。


 私はいつも後先を考えて読んでいるが三手先ってどのくらい先なんだろう?


 私はこれから普通に勉強をし、普通に就職、普通に結婚して普通に子供ができるだろう。多分きっと。でもその先ってどうなるだろうか?私が死んだあとにはいったいどんなものが残るだろう?老後の介護費につぎ込まれなかったわずかなお金?使い古された家?子孫?子孫は別に私のものってわけではないか。


 名声は自分のものであり、いつまでも残ると思う。でも私はノーベル賞をとれるような頭脳は持っていないし、一国をまとめる首相や大統領にはなれないし、世界一を狙えるような特技も持ち合わせていない。


 多くの人は大したものも残せずにいなくなってしまう。そして私もその一人だろう。きっとバカみたいなヤツらも何も残せない。


 彼らと私は同じ結果に行き着くのか。全ての人に忘れさられ、何も残せない。彼らは毎日バカみたいに騒いでバカみたいに楽しく笑っている。きっと実力主義の世界から追い出された後もバカみたいにバカをやって過ごしていき、そして死んでゆく。今が幸せを一生続けていくのだろう。一方私は楽しくもない勉強に励み、絶対に手に入る確証のなどなく面白くもない安定した生活を手にするために日々苦痛を乗り越えていき、そして死んでゆく。


 死んだ後は同じように何も残せないならば、せめて私は幸せを感じたい。私が好き勝手自分の人生を楽しみ、幸せになって終わることが許されないわけがない。


 私は暗闇に飲まれていない明るい場所で確実に何かをつかみたい。




第三章 一周回って


 電車を降りる頃にはだいぶ考えもまとまっていた。私は今、私が見下していた人たちのような生活をしてみたいと思っていた。私がないがしろにしていた身近な幸せというものを大切にしたい。そうだ。せっかく軽い彼氏もいるのだし、彼のように明るく髪を染めてみようかな。ピアスもいいな。あっ、でも痛そうだしイヤリングから初めてみようかな。化粧も変えよう。不快感を与えないようなメイクはやめて異性に好かれるようなメイクにしよう。


 ああ。私ってどうして今まで気づかなかったんだろう。バカなのは私だったんだなぁ。


 今度は私から言ってあげよう。愛想笑いではない笑顔を浮かべて。


「重いヤツって嫌いなんだよね~」


 彼はこの言葉を聞き、驚いた顔を一瞬した後こう答える。


「初めまして同族さん。こちらの世界へようこそ。」


 彼は飛び切りの笑顔を向け、眼差しは優しく私をしっかりととらえている。


 私ははっと気づいてしまった。私が彼に感じていた不思議な親近感についてやっとわかった。そうか。私と彼は同族だったのだ。そして彼は私の先を歩いている。彼もまた、昔は私と同じことを思っていたのだろう。私は彼と過ごしているうちに、彼に連れられて彼と同じ場所へとたどり着いてしまった。彼は私を180度変えたといっていいだろう。


 そう。これはだったのだ。

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