40.彼女と私

 合コンで男女が仲良くなるという光景は極々当たり前のものなのかもしれない。


 そもそも合コンの目的とは彼氏や彼女を探すことや人脈を広げることなど他人との親睦を深めることだ。

 そういう目的ならば自然と合コン参加者同士が仲良くなるのは必然的で、男女が仲良くなってもなんらおかしいことはない。

 だから例えそういうことに疎そうな人であっても彼氏彼女を作る可能性は十分にあり得るのだ。


「……そうか、一花は料理とかするんだな」

「そりゃ一人暮らしだもんするよ。もうバリバリだよ」

「バリバリ? 揚げるのか?」

「ふっ……伊織君って面白いね」

「そうか、そんなこと言われたことないな。ちなみに俺も料理は得意なんだ」

「へー男子なのに意外だね」


 そんなわけで今出たばかりのカラオケ店の前ではとある一組の男女が楽しそうに会話をしていた。

 合コン前の緊張感は一体どこに行ってしまったのか。今は元々知り合い、もっと言えば元々親友同士だったのではないかというほど互いに打ち解け合っている。


 もしかしてもう付き合っていたりするのだろうか。

 ふとそんな考えが頭を過ってしまうのは私の悪い癖なのだろう。

 とにかく桜田と一花は仲良くなった、ただそれだけのことだ。そんな二人を気に入らないと思ってしまうのも先程と同様きっと私の悪い癖なのだ。


「……まぁ俺も一人暮らしだからな」

「そっか、やっぱり一人暮らしって大変だよね。あ、そうだ。今度伊織君のおうちで一緒に料理作ろうよ」

「俺の家でか?」

「うん、駄目?」

「駄目じゃないが──」


 そういうわけで目の前で繰り広げられる二人のやり取りが見ていられず、まだカラオケ店で会計をしている男子達の方を見ると、そのうちの一人が私に気づいたのかこちらへと歩いてきた。まぁそれは例の前田なのだが。


「花蓮ちゃん、どうしたの? 調子悪い?」

「ああいや、何でもない。平気だよ」

「そっか、それなら良かった。ところで花蓮ちゃんは二次会に行くかな?」

「二次会?」


 前田は一言そういうと恥ずかしそうに視線を逸らす。もう夕方なのにまだどこかに行くつもりなのか。

 正直キツイなとそう思っていたのがどうやら顔に出ていたようで彼は再び私の顔を見ると慌てて言葉を続けた。


「い、いや別に無理だったら良いんだよ。二次会は自由参加だからさ。他に何か用事でもあったかな?」


 明らかに気を使われていて、特に用事もないがここは帰る流れに乗らせてもらおう。


「まぁちょっとね……」

「そうなんだ、それなら仕方ないね。でも僕としてはちょっと残念かな。僕、有栖川さんともっと話したかったからさ……」


 もっと話したかったか。こんなにも猫を被った私と話したいなんてとんだ物好きがいたものだ。


「……ごめんね」

「ううん、良いんだよ。じゃあまた今度」

「そうだね、バイバイ」


 最後、私は前田に別れの言葉だけを言って一人帰路に就いた。



◆ ◆ ◆



 そうして家についた私は真っ先に寝室のベッドへと飛び込む。肉体的にはそれほどでもないが精神的にかなり疲れた。


「もう動けない」


 本当に疲れ過ぎてそのまま寝てしまいそうになる。もう二度と合コンなんてゴメンだ。

 そんなことを思っていると例のようにインターホンの音が部屋で鳴り響いた。


 こんな時間に来るなんてあの男しかいないとそう思って、ろくに確認もせずに玄関のドアを開ける。そうしたのが悪かったのか、ドアを開けたその先にはあの男ではなく先程まで合コンで一緒だった一花が立っていた。


「……花蓮ちゃん」

「げっ……じゃなくて一花ちゃん何の用?」


 一花がここにいるということは恐らくあの男が教えたのだろう。全く余計なことをしてくれる。


「へー、花蓮ちゃんも一人暮らしなんだね」

「桜田君に聞いたの?」

「まぁそういうとこかな。上がっていい?」

「うん、良いけど」


 本当は嫌だけど。


「そう、じゃあ上がらせてもらおうかな」

「どうぞ」


 予期せぬ事態だが追い返すわけにもいかない。ここはお茶を飲ませてすぐに帰ってもらうとしよう。


「じゃあ私お茶入れてくるから」

「うん、ありがと……」


 なんだ? 一花にしては少しぎこちないというか、元気がない気がする。

 ついに本性を現したかと構えれば一花は躊躇いがちに口を開いた。


「その、実は今日は花蓮ちゃんに謝りたくて来たんだよね」

「謝りたい?」

「そう、昔のことでちょっとね──」


 それからは一花が話していると思えないような話が続いた──。


 簡単に要約すると、彼女との関係が終わったあの一件について謝罪をしに来たとそういうことらしい。

 どうやらあのとき私が彼女の陰口を聞いていたことは分かっていたそうでずっと謝罪するタイミングを計っていたというのだ。

 しかしだ、私からしてみれば今更感が強い。


「何で今更……」

「私、後悔したんだよ。あとになってとんでもないことを言ってたってことに気づいた。もう遅いかもしれないけど、でも今もちゃんと花蓮ちゃんのこと友達だと思ってる。花蓮ちゃんが許してくれるなら、その……」

「ごめん、今日はもう帰ってくれるかな。私、夕食の準備しないとなんだよね」

「そっか、そうだよね。いきなりお邪魔してごめんね」


 一花が家から出ていったのを確認した私はただその場に座り込む。


 何故今更そんなことを言う。もう謝って元に戻れる単純な関係ではないのだ。

 それに一花がそんなことを言ってしまったら私は……。


 私のこの醜い感情は一体どうすればいいというのだろう──。

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