31.バイト先はまさかの
放課後、私達は早々に下校し、そして何故か私の部屋に集合していた。
集まった目的は勿論ゲームをするため。ゲームを始めてからまだ二日目だが、もうすっかり毒されている気がする。まぁそうだと分かっていても止める気は全くないのだが。
「ところでなんだけど、この魔物強すぎない?」
「確かに俺達よりレベルが一回りも上だな」
「だったら私が盾になりますので私を置いて先に行ってください!」
「いやこれ以上先に行ったら死んじゃうから」
とにかくこんな感じでゲームを楽しんでいた時のことである。
そういえばという前置きと共に楓が突然何かを思い出したように話を始めた。
「お二人共、バイトをする気はありませんか?」
「何? 突然どうしたの?」
楓の口から発せられた彼女らしからぬ意外な発言に対しての真意を問うと、彼女は少し恥ずかしそうに顔を下に向けた。
「その、実はクラスの人からバイトのヘルプに入って欲しいと頼まれまして。それでその、良かったらお二人も一緒にと思ったんです」
ほほう、なるほどそういうことだったのか。しかしそれよりも気になることが……。
「楓ってクラスに友達いたの?」
「ひ、酷いです。私にだって一緒に話が出来る人くらいはいますよ。とはいっても友達と言えるかは少し怪しいところですが……」
ふーん、話が出来る人ね。
てっきり楓はクラスで浮いた存在なのかと思っていたが、私が思っていたよりそんなことはなかったようだ。
「でも和泉は最近男子達の間で噂になってるぞ。なんか最近雰囲気が変わって可愛くなったとかなんとかで」
「わ、私がですか!? そ、そんなことありませんよ! 私はごくごく普通で、平凡な人間です」
桜田が口を開けば、楓は慌てて彼の発言を否定する。
普段から可愛いと言われ慣れていないせいなのか顔がまるで茹でダコのように真っ赤だが、そこがなんというか可愛らしい。
恐らくこういう部分が男子達を虜にしているのだろう。自分に可愛いという自覚がなく天然というのもポイントが高い。
「私も桜田君が思っているのと同じように楓は可愛いと思うよ」
まぁ私ほどではないけれど。
「お、おい。俺はあくまでも噂のことを言っただけで、俺が可愛いって言ったわけじゃ……」
「じゃあ楓は可愛くないってこと?」
「いや、そうとも言っていないが……」
桜田の声は段々と小さくなっていき、最終的には何も聞こえなくなる。
おやおや、これは桜田も照れているな?
なんだか桜田に勝ったようで気分がいい。
「お、お二人とももう私の話は止めて下さい! そんなことより早く本題に入りましょう!」
私と桜田のやり取りを見て、ついに楓が耐えきれなくなったのか頬を赤色に染めながら、顔を俯かせ大きな声で言葉を発した。
「ごめんごめん、つい話が盛り上がっちゃって。それでバイトの話だよね? どんなバイトなの?」
話が脱線してしまったことを楓に謝ると彼女はゆっくりと顔を上げた。
「そうです、その話です。実はそのバイトっていうのが……」
◆ ◆ ◆
「お帰りなさい、兄さん! 二人かな?」
「は、はい!」
「じゃあ案内するから付いてきて!」
丁寧に、それでいて元気かつ笑顔で店の扉を潜ったばかりのお客さんのもとへと向かい決まりの文言を読み上げる。
それから空いている席にお客さんを案内した私は一度店の裏へと戻った。
「あ、あの大丈夫ですか?」
「ああ、うん。慣れればどうってことないよ。でも私今回のバイトはただの喫茶店で働くって聞いてたんだけど」
まさかバイト先が妹カフェだなんて思いもしなかった。
何がただの喫茶店だ。これがただの喫茶店だったらメイドカフェとか、猫カフェとかで何か特色を持たせて世の中に売り出している喫茶店の立場がない。
「そ、そのすみません、有栖川さん。私もまさかバイト先がこんなところだとは思わなかったので……」
「でもまぁ時給は良いみたいだからなんとも言えないんだけどね。私もどうせならあっちが良かったかな」
視線の先には厨房服姿で厨房に立つ桜田の姿、私もこんな気を使う接客よりは黙々と作業している方が良かった。
「あなた達にはあっちよりこっちの方が似合うと思うけどね」
そう言って突然姿を現したのはニコニコと優しそうな笑みを浮かべた壮年の女性。この人は確か……。
なんとか今目の前にいる女性が誰なのか思い出そうとしていると、どこからか彼女とは別の声が聞こえる。
声がした方を見れば、そこには私達と同じ接客用の衣装を身に纏った二十代くらいのメガネ女性がいた。
「店長、こんなところにいたんですか。今の時間帯忙しいんですから遊んでないで早く仕事に戻って下さい!」
「ごめんね、この子達と話をしたらすぐに戻るから」
「その子達は……なるほど分かりました。すぐにお願いしますよ」
そうだ、店長だった。そういえば今日ここに来たときにも挨拶した気がする。
「それで店長さん、私達に何か?」
店長がわざわざ仕事を抜け出してまで私達に会いに来るなんて一体どんな要件なのだろうと疑問に思って聞くと彼女は私と楓の肩にそれぞれ手を置いてから私の質問に答えた。
「うーんとそうだね。ちょっと将来有望な子をスカウトしようと思ってね」
「将来有望ですか?」
「そうそう、あなた達みたいな可愛い子達が今後もここで働かないかなってね?」
「はぁ……」
「おっと、その顔はあんまり乗り気じゃない顔だね。そっちのあなたはどうかな?」
「わ、私ですか? 私はそんな将来有望なんてことはないと思いますけど……」
「へーそんなに可愛いのに無自覚ときたか。美少女系と無自覚可愛い系の二人、ますますうちで働いてもらいたくなったよ。でもまぁ強要は出来ないからね。無理にとは言わないけど、それでも是非とも前向きには考えて欲しいかな。じゃあそういうことだから、よろしく頼むよ」
最後一気に捲し立てると店長は急いで自分の持ち場へと戻っていく。なんというか優しそうな見た目とは違ってまるで台風みたいな、そんな感じの人だった。
「なんかスカウトされちゃったね」
「そうですね……」
楓の顔を見るとそこには苦笑いが浮かんでいる。きっと私もこんな表情してるんだろうな。
「ちょっと、そこの二人。手が空いてるなら注文取ってきてくれるかな?」
「はい、今行きます。ほら行くよ、楓」
「はい」
スカウトうんぬん話は一旦置いておくとして一先ず注文を取ってこよう。
そう思った私は楓を連れてお客さんがいる表側へと出た。
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