27.復活の美少女

 朝目が覚めると隣に楓がいた。

 布団がやけに温かいと思ったらそうか、昨日は彼女を無理やり同じベッドに寝かせたんだった。

 それよりも体が軽いのと頭の痛みが治まったことから察するに私の熱は無事下がったようだ。楓にうつってないと良いけど。


「……ぅうへへ、有栖川さんがそこまで言うなら仕方ないですね」

「ほら、起きて楓。もう朝だよ」

「……そんなに引っ張ったら駄目です、有栖川さん。私は一人なんですから有栖川さん同士で取り合ったら私、おかしくなっちゃいますよ」

「ほら、早く起きないと学校遅れるよー」


 さっきから彼女の夢の中で私はどうなってるんだか。確実に分裂しているだろう夢の中の私を若干想像し、すぐに首を横に振る。とりあえず触れない方向で行こう。


「はーい、もう起きようねー」

「……この声は有栖川さん。そうですか、まだ夢なんですね。それなら私は眠いのでもう少し寝ます」


 私が肩を揺らしてようやく楓は目を覚ましたのだが、まだ寝ぼけているのか再び目を閉じてしまう。きっとこのままもう一眠りするつもりなのだろうがそうはさせない。


「夢じゃないよ。早く起きて楓、朝だよ」

「この声はまたまた有栖川さん……って有栖川さん!? どうしてここにいるんですか!? ま、まさか私の夢がついに現実にまで影響を……。いや、きっとまだ夢なんですよね。お休みなさい」

「おーい、私は夢でも幻覚でもないよ。聞こえてる?」


 今度は呼び掛けても返事すらなくなってしまう。まぁ寝ぼけているだけなのでしばらく放置すれば勝手に起きてくるだろう。

 とりあえず大丈夫だと半ば諦めに近い判断をした私は楓を置いて一人朝食の準備へと向かった。



 それから十分程、ようやく目が覚めたらしい楓は恥ずかしそうな笑みを浮かべながらダイニングルームへとやって来た。


「その、先程はお見苦しい姿をお見せしました。私、実は朝が弱いもので安心するとつい……。あ、遅れましたがおはようございます」

「はい、おはよう」


 私が挨拶を返すと何かを思い出したのか途端に心配そうな目を私に向ける。


「そういえばもう熱は大丈夫なんですか?」

「ああ、うんそれは下がったよ。これも全部二人に看病してもらったおかげかな。ありがとうね」

「……」


 ん? いきなり黙り込んじゃったけどどうしたのだろう。私何か変なことでも言ったかな?


「えーと、どうかした?」


 気になって聞いてみれば楓は少しだけ戸惑った表情を浮かべた。


「えっ? いやその、有栖川さんが普段は見せない表情をしていたのでつい驚いてしまって……」

「普段は見せない表情って?」


 純粋な私の疑問に対して楓も小首を傾げる。


「なんて言うんですかね。こう優しいというか、心温まるというか、普段は見ない特別な表情というか。とにかく熱が下がったんなら良かったです」


 特別な表情、正直どんな表情なのかしっくり来ないが楓がそう感じたのならきっと私はそんな表情を浮かべていたのだろう。


「そっか、特別ね」

「はい特別です」


 しかし特別な表情とは一体どんな表情だったのだろう。そんなことを考えながら時計を見れば、針はいつもなら既に家を出ている時間を指していた。思った以上にのんびりしていたようだ。


「えっ、もうこんな時間!? 楓、早くそこのテーブルにある朝食たべちゃって!」

「私が食べても良いんですか?」

「楓のために作ったんだから食べてもらわないと困るよ。ほら早く!」

「わ、分かりました!」


 いつもと違う慌ただしい朝、しかしたまにはこんな朝があっても良いのかもしれないと不覚にも私は思ってしまった。



◆ ◆ ◆



 少々慌ただしい朝食を終え、身支度をしていると部屋でインターホンの音が鳴り響く。恐らく桜田だろう。


「私が出るから楓はそのまま準備してて」

「分かりました」


 絶賛身支度中の楓に一言だけ言い残して身支度を終えていた私は急いで玄関へと向かう。

 靴を履いてドアを開けるとそこには予想通り桜田の姿があった。


「おはよう有栖川。もう体調は良いのか?」

「お陰さまでね。……それと昨日はごめんね、私が強引に言って上がってもらったのにいきなり追い出したりして」

「いや、言われたことは尤もなことだったからな。断れなかった俺も悪い」

「それでもだよ。その、色々ありがと……」

「……」


 なんとなく気恥ずかしくなって途中でお礼の言葉を切れば、桜田は何故か先程の楓と同じように戸惑った表情を浮かべていた。


「もしかして私また変な表情してた?」

「いや、変というかなんというか普段は見ない珍しい表情を……ってまた?」

「ああうん、さっき楓も同じような表情してたからどうせ同じことだろうと。そんなに私珍しい表情してたかな?」


 今度こそ私がどんな表情をしてたのか知ろうと桜田に質問するが、彼もまたまた楓と同じようにどこかフワッとした言葉を私に告げる。


「まぁなんというか、有栖川はそんな表情も出来るんだなって感じの表情だった」

「何それ」


 だからどんな表情なんだよと思わず聞き返したくなるが、こればっかりはこれ以上聞いても何も出てこなさそうだ。

 二人に聞いて何も分からないのなら、もうそういうものだと納得するしかないのだろう。


「……そうだ、準備はもう少しかかりそうか?」

「えーと、どうだろ?」

「私のことならもう大丈夫ですよ。お待たせしました、有栖川さん。それと桜田」


 桜田との会話の最中に後ろから声がして振り返るとそこには既に学校へと行く準備を終えた楓がいた。

 しかしながら楓はかなり急いで準備をしてきたらしい。


「楓、本当に準備大丈夫なの?」

「どうしてそんなこと聞くんです?」

「だって制服のリボン曲がってるよ。女の子だったらこういうところもちゃんとしないと」

「なんか有栖川さん、お母さんみたいなこと言いますね」


 誰がお母さんだ。だが今はただ突っ込んでいる時間でさえも惜しい。


「ほら、早く学校に行くよ」

「やけに急いでるな。そんなに急がなくてもまだ間に合うだろ」

「完璧美少女は時間に余裕を持って行動するものなんだよ。行かないなら置いていくからね」


 私がそう言葉を発したところで突然楓が大声を上げる。


「すみません、忘れ物をしていました! 少し待っててもらっても良いですか?」

「もう、何やってるの! 少しだけだよ、早くして!」

「置いていくと言ってたわりには待ってやるんだな」

「うるさい」


 朝起きたときから思っていたが今日は本当に慌ただしい。

 私の優雅な朝は一体どこに行ってしまったのやら。

 そんな古き良き日に私はもはや想いを馳せることしか出来なかった。ホント、どこに行ったかな。

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