9.弟子の正しい使い方

 不本意だが弟子が出来てしまった今日この頃、私はいつものように学校へと向かっていた。

 いつもの静かな朝の町並み、朝特有の澄んだ空気、電線の上で群れる鳥達、そんな風景の中に紛れてヤツはいた。

 電柱の横で大きく手を振る少女が一人、そいつはそれからすぐに私のもとまで走り寄ってくる。


「おはようございます、師匠」

「おはよう、和泉さん。それと師匠って呼ぶのはどうにか出来ないかな?」


 学校でも師匠とか呼ばれたら私がパシりを引き連れているという変な噂が立ちかねない。

 完璧美少女である私にそんな噂が立ったら今まで積み上げてきた好感度が駄々下がりだ。

 だから止めて欲しいという意味を込めてどうにか出来ないかという言葉を送ったのだが、彼女はただ不思議そうに首を傾げた。


「どうしてですか?」

「どうしてって私は和泉さんを弟子だって認めてないからだよ」


 ただ私は率直に思いを伝えただけなのだが和泉は突然表情をハッとさせて、それからゆっくりと頷く。

 これは確実にこちらの意図が伝わっていないだろう。


「なるほどそういうことですね、つまりはまだ私がまだその域に達していないから弟子としては認められないと。分かりました、それならその域に達するまでは僭越ながら有栖川さんと呼ばせていただきます」


 その域とはどの域なのか。疑問点しかないが突っ込みはしない。今はただ師匠呼びが無くなっただけでも大きな成果だろう。


「うん、じゃあそういうことで……」


 一体どうしてこんなことになってしまったのか。本当はこんな変人となんて一緒にいたくはないが、完璧美少女である私がそれを許さない。

 相手がどんな人でも笑顔で対応する。例え無表情で何を考えているのか全く分からない男だったり、話を聞かない盗撮女だったとしても笑顔で対応しなければいけないのだ。


 一度深呼吸をして気持ちを切り替える。その後私は無理やり笑顔を作って和泉の方を見た。


「和泉さん、そろそろ学校に行こうよ。いつまでもゆっくりしてたら遅刻しちゃうからね」

「それもそうですね。あっ、そこに段差があるので気をつけて下さい」


 なんというかこれから彼女と接していくことになるのかと思うととても憂鬱だった。何で私の周りにはこんな変人しか寄ってこないのだろう。

 そんなちょっとした不満を押さえつけるように私はアスファルトの道を強く踏みしめた。



 それから学校にたどり着いた私は和泉と別れて自分の教室へと向かう。

 ようやく一息吐ける。自分の席でホッとしていると廊下の方からパタパタと誰かが走っている音が聞こえてきた。いつもより騒がしいと廊下の方を見た瞬間、つい先程別れたはずの人物と目が合ってしまう。


「有栖川さん!」


 流石にここで変な行動をされるのはまずいとどんな行動にもフォローを入れられるよう身構える。それに対して和泉は早足で近づいてくると私の前で止まり、やや遠慮気味に両手を私の方へと差し出した。


「さっき言い忘れてましたが私のことは和泉さんではなく、楓と呼んでくれると嬉しいです」


 こんな衆人環視の中、それも若干ビクビクしている少女から差し出された手を掴まないわけにもいかず、私は内心渋々、表面上では笑顔で和泉の手を取る。


「じゃあこれからそう呼ぶことにするね、楓」

「は、はい、ありがとうございます!」


 しかし、まぁよくよく考えてみたら弟子を持つのもそう悪いことばかりじゃない。上手くやれば人払いくらいにはなるかもしれないし、何より約束があるからと放課後呼び出された時に断ることが出来る。

 それに完璧美少女なら取り巻きの一人や二人いたっておかしくはない。なんだかそう考えると弟子を持つというのもそんなに悪くない気がしてきた。


「じゃあもうホームルーム始まるからまた昼休みね」

「はい、またですね!」


 自分の教室へと帰っていく楓を見送った私はかばんの中から一枚の紙を取り出す。取り出したのは『弟子にしてください』とだけ書かれたノートの切れ端。

 弟子にしてくださいって何だよ、と今更思いながらも私はそれを今度は制服のポケットの中へとしまった。



◆ ◆ ◆



 学校の授業が終わって放課後、いつもの癖で一人教室に残っていると廊下から騒がしい足音が聞こえてくる。

 そういえばそうだったとガラガラと鳴る教室前方の扉を見るとそこにはハァハァと息を切らす楓がいた。


「師匠……じゃなくて有栖川さん。迎えに来ましたよ。さぁ私と一緒に帰宅を」


 明らかに帰宅出来なさそうな彼女に私はとりあえず落ち着くよう促す。


「ちょっと休んでいきなよ。すごい息切れてるよ?」

「はい、日直の仕事を終わらせてから全力で走ってきたので。あっ、でももう大丈夫ですよ。見ての通り息は切れていません」


 見ての通りだと確かに息は切れていないが疲労は見え隠れしている。帰宅中倒れられても困るので再度休むよう促すと彼女は何故か申し訳なさそうに頷いた。


「……はい、分かりました。有栖川さんにそこまで言われたら断れませんね。では前を失礼します」


 私の席の前へと腰を下ろした楓は座ってから少ししてキョロキョロと辺りを見渡し始める。

 初めは本に熱中していたこともあってあまり気にならなかったが、途中キョロキョロする彼女が視界の端でちらつくようになってからはそうも行かず、仕方なく本から視線を外すとそれを見た彼女は突然頭を下げてきた。


「すみません、でも有栖川さんを前にするとどうしても落ち着かなくて……いやこれは変な意味じゃないですよ」


 分かっている、きっと全部私が美少女過ぎるのがいけないのだろう。仕方ないが、このままではまともに読書も出来そうにない。

 少し考えた結果、私の頭の中にある考えが浮かんだ。


「ねぇ楓、そんなに落ち着かないんだったら私と手でも繋ぐ?」

「手を繋ぐとは?」

「そのままの意味だよ。手を繋いだら落ち着くってよく聞くでしょ?」

「確かにそういう話は聞いたことがありますが、私なんかが良いんですか?」

「私なんかとか言わない。そうやって簡単に自分の評価は下げちゃ駄目だよ。分かったら手を出して」

「は、はい、ありがとうございます!」


 やけに緊張しているが楓は本当に大丈夫だろうか。

 いくら私が完璧美少女で高嶺の花といえども緊張し過ぎである。このまま心配停止とかしないよね?

 とりあえずは刺激しないようそっと彼女の手の甲に自分の手のひらを重ねる。


「ほ、本当に良いんですか!? 私ちょっと手汗出てませんか?」

「大丈夫、大丈夫、さらさらだよ」

「いや絶対に出てます! もう駄目です、早く手を拭いて下さい!」

「え? 何かな?」

「そんなに接触したら有栖川さんが穢れますよ! そうなったら私はもう死ぬことでしか罪を償えません!」


 何この反応、ちょっと面白い。

 楓の更なる反応を引き出すため様々な手の繋ぎ方を試していると、ガラガラと勢いよく教室後方の扉が開く。

 突然した大きな音に扉の方を向くと、そこにはあの男がいた。教室には私と楓しかいない関係もあってか必然的に彼とは目が合ってしまう。


「有栖川、そんなところで何やってるんだ?」

「うーん、スキンシップかな?」


 私の返答にあの男──桜田伊織はただ無表情でじっと私を見つめてくるだけ。

 何だコイツ、彼の意味不明な行動に思わず心の声が漏れそうになるが今はグッと抑え込んだ。

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