7.美少女の優雅な日常

 朝六時、私はまず起きると部屋のカーテンを開けに行く。

 窓の外に見えるのはまだ誰の姿もない通りとようやく顔を見せ始めた太陽。

 そんな静かな光景を一度見てから私は朝食の準備へ向かう。


 私が住む部屋の間取りは2LDK、一人暮らしには中々に広いがだからといって困ることは何一つない。

 寧ろ部屋に余裕が出来てゆっくりと出来る。


 そして肝心の朝食だがトースターで焼いた食パンと豆乳をコップに一杯。シンプルかつ手間要らず、忙しい朝にはピッタリな実に理にかなっている朝食だろう。

 それにこれを続ければバストアップ効果も狙えて一石二鳥だ。


 朝食を食べ終えた後はすぐに身支度を始める。

 身だしなみを整えるのは完璧美少女にとって当たり前のこと。髪をとかし、着衣の乱れがないよう長い時間鏡とにらめっこをする。


 身支度を整えた後はいよいよ学校に登校する時間だ。慌てないように私はいつも余裕を持って家を早く出る。

 もちろん家を出てからは気を抜くことは一切しない。家の外に出た時は常に完璧美少女なのだ。


「有栖川さん、おはよう」

「おはよう、安藤さん」


 クラスメイトから挨拶を受けて、私も挨拶を返す。この時はしっかりと相手の目を見て笑顔で挨拶をすると好感度が上がる。細かなことだが私はいつも気をつけている。

 そうして学校に着いた後は大抵自分の席で優雅に読書を始める。この朝の読書は私の知的さと高嶺の花さを周りに示すのに実に効果的なのである。

 これが私の朝のルーチンワーク、実に優雅で完璧な朝だ。



 しかし、そういった朝は突然音もなく崩れ去った。桜田に家の所在地がバレてから数日経った頃、私が部屋のカーテンを開けると、いつもは誰もいない通りに一人の男の姿があった。もちろん誰かは分かる。がそのまま見なかったことにしてカーテンを閉めた。


「……あれは幻覚だから」


 そう、あれは幻覚。私は最近あの男と関わり過ぎた。だから印象に残って幻覚まで見てしまうのだろう。

 いや待て、それだと私があの男のことが気になって仕方ないみたいだ。


 なんとなく自分のプライドがあれを幻覚だとすることを許さず再びカーテンを開けると、そこには先程と変わらずあの男──桜田の姿があった。


 しかしながら、どうしてという驚きよりは後悔の方が強い。まさか彼がこんなストーカー紛いのことをするなんて、勝手に大丈夫だろうと高を括っていた私も私だが、私のことをストーカーする彼も彼だろう。

 こんなことになるのなら彼に家を教えなければ良かった。既にどうしようもない現実、後悔しても遅いことは分かっているがどうしても後悔せずにはいられない。


 しかし、いつまでも後悔しているわけにはいかない。今日は平日で普通に学校もある。このまま遅刻でもしたら単純に後悔が重なるだけだ。

 一先ずは彼が家の前にいるところを携帯に収め、いつもの通り私は朝のエネルギー補給へと向かった。



 それからしばらく経ち、私が身支度を終えて学校に行こうとしていた時のこと、私の頭の中には再びあの男のことが浮かんでいた。


「流石にもういないよね」


 そう、あれから一時間も経っているのだ。いくら何でもいるはずがない。


「おはよう、有栖川」


 だがしかし扉を開けたその瞬間、私の視界に全く感情が読めないあの男の姿が映った。


「きゃぁああ!」


 思わず完璧美少女らしからぬ悲鳴を上げてしまったが、これは仕方ない。だって扉を開けたらすぐ目の前にいたんだから。というか逆に驚かない方がおかしい。


「すまん、有栖川。驚かせるつもりはなかったんだが……」

「ああ、うん分かってる。それにしても何でここにいるの?」


 私の質問に桜田は何も答えず唐突に自分のかばんの中を漁り始める。

 よく見たら彼は制服姿で、ふと何時に家を出たんだろうという比較的どうでもいい疑問が湧いてくるが今はそんなことを考えている場合ではないとすぐに疑問を外に追い出す。

 そうしていると目的のものを見つけたらしい桜田がかばんからあるものを取り出した。


「これ、また落としてたぞ」

「これ……!?」


 一体何だろうと桜田の手を見ると、そこには四葉のクローバーがモチーフの手帳があった。というかその手帳は私の物だった。


「もしかして届けにきてくれたの?」

「ああ、昨日落としてるのを拾ったんだ。きっと大事な物だろうから早く届けようと思って、多分誰にも見られてないと思うから安心してくれ」


 それにしても早い時間すぎるでしょとは思ったが、桜田の考え方に口出しするつもりはない。というより感謝こそすれ、文句を言う筋合いなど私にはないといった方が正しいだろう。


 毎日使っているものでこうも連続で落として、それを最近知り合ったクラスメイトの男子が二回ともわざわざ落とし物を届けてくれるなんて、まるで神様が私にイタズラをしているようにしか思えない。

 不本意だがどうしてもラブコメの波動を感じずにはいられない。


 とにかく彼は落とし物を私に届けるために朝早くから家の近くにいた、ただそれだけなのだろう。そうだよね?


「一応聞くけど、ストーカーじゃないんだよね?」

「ストーカー? もしかして有栖川、誰かにストーカーされてるのか?」

「あっ、いや違うの。やっぱり何でもないよ。わざわざ落とし物を届けてくれてありがとうね」

「そうか、それならいい。あとこれは出来ればでいいんだが有栖川の連絡先を教えてくれないか? その、こういうときに色々困るだろ」

「連絡先ね……」


 普段だったら携帯を持っていないと答えるところだが、確かにこういうとき連絡先を教えておかないと今回のように朝早くから家の前で張り込まれかねない。

 何かある度に毎回張り込まれるのは流石に嫌なので私にはきっと連絡先を交換するという道しか残されていないのだろう。なんだか負けたような気分だが仕方ない。


 渋々携帯をかばんの中から取り出し、画面を操作する。


「はい、これが私のIDだよ。くれぐれも誰かに漏らしたりしないでよ?」

「分かってる」

「はい、だったらそこを退いてくれるかな? 家出れないから」

「悪い、じゃあ俺は先に行ってるから……その本当、朝早くに悪かったな」


 桜田は私から放たれる不機嫌オーラを感じ取ったのか、私のIDを登録するとそそくさと去っていく。


 何が悪かったなだ、今回はしてやられたが毎回あの男のペースに乗ってやるつもりはない。

 私はあの男の本性を暴くという決意を新たにして家の外へと一歩足を踏み出した。

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