3.この男は中々に手強い
次の日の朝、私が学校へと登校していると突然誰かに肩を叩かれた。こんな直接的に呼び止められたのは何年ぶりだろうか。そんなことを思いながら後ろを振り返ると、そこには昨日友達になった桜田伊織がいた。
「おはよう、伊織君。君って結構朝早いね」
まずは軽めに下の名前で呼んで相手を牽制する。しかし侮ることなかれ、この牽制で本性を露にした男子は数多くいるのだ。さて、この私の攻撃を受けて表情を崩さずにいられるか。
「……また猫被ってるな、まぁいいか。おはよう、有栖川。それを言ったらお前も早いだろ」
まさかのスルー、しかも表情一つ変わっていない。
それになんだ、その最初の一言は。
私が猫を被ってるだって?
いつでもどこでも猫を被ってないと完璧美少女として駄目だということを理解できてないのだろうか、この男は。
「桜田君、最初の一言は余計かな?」
「そうか、そうかもな。気を悪くしたんだったら謝る。すまない」
「ちょ、ちょっとここで頭を下げるなんて止めてよ。みんな見てるから」
「駄目なのか?」
「それはそうだよ……」
慌てて桜田の頭を上げさせ、周りを確認する。どうやら誰にも見られていなかったようだ。
普通に考えて完璧美少女である私が人に頭を下げさせているというのはなんだか感じが悪いだろう。
「そうかだったら今度からどんなことがあっても頭は下げない」
「いや、人前じゃなかったらどんどん下げてくれていいよ」
そう、例えば誰もいない空き教室とか、普段誰も立ち入らない学校の屋上とかは大歓迎だ。ただ私は人目を気にしているだけで人に頭を下げられること自体嫌いではない。寧ろ好きだと言ってもいい。
「素が出てるけど良いのか?」
「ん? 何のことかな?」
この男、こういうことだけは
「それにしてもどうして私と友達になりかったのかな?」
ここで話題の転換ついでにさりげなく昨日のことについて探りを入れてみれば桜田からは微妙な答えが返ってくる。
「それはなんて言うか。少しだけ似てるなと思ったから」
「誰と?」
私の質問に桜田は自分自身のことを指差す。まさか自分と似ているとでも言いたいのだろうか。私と彼ではまるで違う、顔はもちろん他人の好感度だって私の方が彼なんかよりも断然高いはずだ。
「どうしてそう思ったの?」
気になった私はいつの間にか桜田に質問していた。彼は少し言いにくそうに私から顔を背けて質問に答える。
「なんだか人に溶け込めていない感じが俺と似てたから……」
「……」
自分と似ているから友達になりたかった、つまりはそういうことだろう。しかし一体桜田は私の何を見てそう思ったのか。
まさか私がクラスにいるときの周りの反応を見ていなかったとでも言うのだろうか。
そうだ、きっとそうに違いない。私が人に溶け込めていないなんてあり得ないのだから。
ここまで考えたところでふと現実に意識が戻ってくる。私は一体何を考えているのか。
彼の言葉でこうも思考が乱されるなんて完璧美少女として失格だ。
「ふーん、もしかしたら桜田君と私って似てるのかもしれないね。認めたくはないけど」
「そうか、有栖川がそう思うなら認めなくてもいい」
なんなんだ、この掴み所がない桜田という男は。第一、私の牽制に全く反応なかった時点で普通ではない。もしかしてあれか、この男はホモというやつなのか。それなら私の牽制に無反応だったのも納得出来る。
……と残念ながら時間が来てしまった。
「えーとごめん、私ちょっと先に行くね」
「いきなり何だ?」
「何だって……」
私という完璧美少女がある特定一人と一緒にいたら、あらぬ誤解を招きかねない。これくらい普通分かるだろ、というか分かれ。
「……すまん、有栖川も色々大変なんだよな」
「だから頭下げないで!」
「そうだった」
全くこの男がいるとどうも調子が狂う。まさか今のやり取りを全て狙ってやっていたりするのだろうか。だとしたら今回は見事に負けたが次はそう上手くいかせない。
「じゃあまた後でね、桜田君」
覚えてろよ。
私は一度桜田の方へと視線を向け、心の中で捨て台詞を吐いてから学校へと向かった。
◆ ◆ ◆
自分が所属する教室に入り、クラスメイトに挨拶をするといつものように周りから好奇の視線を浴びる。
「やっぱり有栖川さんって美少女だよな」
「何当たり前のこと言ってんだよ。そんなの誰でも知ってる。てかそれより声が大きい、有栖川さんに聞かれたらどうするんだよ」
「別に聞こえたって良いだろ、事実だったら尚更」
「馬鹿お前、有栖川さんは美少女だとか見た目のこと言われるのすごい嫌がってるんだぞ。少しは有栖川さんの気持ちを察してやれよ」
「そうだったのか、なんか悪いことしたかもな」
はいもう聞こえてますよー。
自分の席に向かう途中、二人の男子生徒の声が聞こえて耳を傾ければ、彼らは至極当たり前のことを口にしていた。
朝から褒められるのは中々に気分がいいが、一つだけ言わせて欲しい。一体いつ私が自分の完璧な見た目を毛嫌いするキャラになった?
そんなことを言った覚えは一回もないがどこかの誰かが勝手に勘違いしたのかもしれない。まぁ丁度良いのでここらで少し彼らの好感度を上げておこう。日々の好感度の積み重ねこそが人気を得るために最も重要なことなのだ。
私は一度自分の席に向かう足を止めて、進む方向を百二十度右に変える。
「おはよう、前田君と新井君。二人で一体どんな面白い話してたの? 私も混ぜてよ」
「えっ、有栖川さん!? いや俺達はその……ただの雑談、そう雑談をしてただけだよ」
「そう? 何だか楽しそうにしてたから面白い話でもあったのかなって。それに私何だか呼ばれたような気がしたよ?」
「あっ、ああ。それは少し有栖川さんのことも話してて」
「えっ! 本当に? まさか厭らしいこと?」
少しイタズラっぽく笑ってみる。こうすれば大抵の男は顔を赤くする。
「そ、そんなことないよ! 俺達はただ有栖川さんが美少女だなって、いやこれはその……」
「そっか、なんか私場違いだったかな」
「……そんなことは」
「ううん、良いんだよ。でもやっぱり私はそういうので判断されるのは嫌だな。大事なのは中身でしょ?」
「そうだね」
「うん、きっとそうだよ。おっと、もうすぐホームルームが始まるね。じゃあまた今度話そうね」
そろそろ時間だとタイミングを見計らって素早く離脱する。
「有栖川さんって美少女なだけじゃなくて性格も良いのかよ」
「本当だな、完璧美少女すぎる」
後方から聞こえてくる私を褒め称える内容の話を耳に入れながら、私は軽く頬を緩ませた。
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