2.私はそれでも諦めない

 四月七日 晴れ


 今日から私は晴れて高校二年生となった。

 二年生になっても他人から向けられる憧れの視線は変わらない。

 だけどこれが美少女に生まれてしまった人の運命なのだから仕方ない。今日も私は美少女だった。



 四月十日 くもり


 今日は突然違うクラスの男に呼び出され告白された。

 もちろん私にはそんな気など微塵もないので丁重にお断りした。

 彼には是非とも自分の立場を考えてから告白を考えてほしい。今日も私は美少女だった。



 四月十一日 晴れ


 昨日告白してきた男にまた今日も呼び出された。

 せめて連絡先だけでも交換してくれと頼んできたので適当に携帯を持っていないと嘘をついて断った。

 いくら何でもしつこすぎる。当然今日も私は美少女だった。



 四月十七日 晴れ


 今日は放課後に一人教室で窓の外を眺めていた。

 やはり高いところから人を見ると優越感に浸れる。

 今日の夜はぐっすり眠れそうだ。当たり前だけど今日も私は美少女だった。



 四月二十日 くもり


 最近静かだと思ったらまた私に告白してきたあの男が現れた。

 いよいよ頭がイカれていると思ってもいいかもしれない。何を思って私に話しかけているのか。

 あんなに断っているにもかかわらずまだ諦めていないとはつくづく男というのは馬鹿なのだと認識させられる。もちろん今日も私は美少女だった。



◆ ◆ ◆



 とある日の放課後、私は学校の屋上で考えていた。どうしたら上手く丸め込めるのか、どうすれば相手を欺けるのか。それらは全て私にかかっているのだ。


「もしかしてその手帳の中身見たのかな?」


 そう、そうだ。拾ったからといって必ずしも手帳の中身を見られているわけではない。寧ろ拾ったからこそ見ないというのもあるだろう。私はきっと考えすぎなのだ。


「見たか見ていないかでいえば見た」


 だが目の前の男は私が望んでいない方の返事を口にした。

 普通見るかい? 拾ったものとはいえ、明らかに女の子のものと思えるようなデザインの手帳を勝手に見るかい?


 しかしそうなると厳しい。この男は何の葛藤もなくすぐに手帳の中身を見たと答えた。ということは何の罪悪感も抱いていないということで手帳の中身をじっくり読んでいる可能性も高い。

 ……いや、寧ろその逆か。さっきこの男は見たか見ていないかでいえばと言った。つまり冒頭のページしか見ていないという可能性もある。冒頭のページとは言え恥ずかしいことには恥ずかしいが、後半の愚痴を綴ったページに比べればまだダメージが少ない。それにこの男が平然としているのも冒頭のページしか読んでいないからだと仮定すれば納得がいく。

 そうなれば私が取らなければいけない行動は一つしかない。私は早く返せという意味を込めて、さりげなく手を前に差し出す。


「確かによく見たらその手帳、私の物かもしれない。わざわざ届けてくれてありがとう、桜田君」


 極めつけに満面の笑み、これを見て普通にしていた男は今まで生きてきた中で見たことがない。いける、このままこの男を丸め込める。

 内心私が勝ちを確信した、そんなときだった。突然男が口を開いたかと思えば、そこからは聞きたくなかった言葉が放たれた。


「どうしてそんなに猫被ってるんだ?」

「……えっ?」


 彼の言葉でついさっきまで空高く舞っていた気持ちが一気に地の底まで落ちる。これはもう本格的に終わった。彼の言葉はどういう解釈の仕方をしても悪い方にしか捉えられなかった。


「うーんといきなり何のことかな?」


 咄嗟に惚けて見せるも彼には意味がないだろう。しかし、こうでもしていないと立ってすらいられない。


「何のことって有栖川のことだが」

「……」


 それにしてもどうするか、彼は私の本性に気づいている。にもかかわらず何かを要求してくる素振りもない。それに彼が私の本性に初めから気づいていてこんな人気のない場所に呼んだのだとしたら、恐らくそれは私の本心がバレないよう配慮してくれたということなのだろう。

 総合して考えると彼の行動は意味が分からない。何故わざわざただの美少女クラスメイトである私を気遣うのか。彼に私を気遣うメリットはまるで……。


 いや、ある。私を気遣うメリットが彼にはある。私としたことがこの事実に気がつかないとは。『灯台もと暗し』とはよく言ったものだ。

 つまるところ彼は私に多少なりとも気があるということなのだろう。いやそれ以外に考えられない。だとすれば私にはまだ生存の道が残されている。


「そっか、気付かれちゃってたか……」


 一度言葉を切り、それから私はまっすぐに彼を見つめた。


「でもね、こんなこと他の人には知られるわけにいかないの。だからお願い、この話は二人だけ秘密にしてて欲しいの。私何でもするから!」


 自分でもあざといと感じるほどの上目遣いで彼を見つめる。勝った、今度こそ勝った。後はポケットに忍ばせた携帯で己の欲望を吐き出すこの無表情男の無様な醜態を録音して弱みを握るだけだ。私は顔だけでなく、どうやら頭も良いらしい。


「本当に何でもしてくれるのか?」


 さぁどこからでもかかって来い。男なんてどうせ厭らしいことしか考えていないサルなのだ。さて彼はどんな弱みを聞かせてくれるのか。


 先程さりげなくポケットに入れた手で携帯の録音ボタンを押す。


「うん、何でも聞くよ」

「だったら……」


 彼が少し口に出すのを躊躇っているところを見る限り、相当厭らしいことを言うつもりなのだろう。


「だったら俺の友達になって欲しい」


 だが私の予想に反して目の前の男は厭らしいことを口にはしなかった。友達、確かに彼はそう言った。


「友達?」

「そう、友達。駄目か?」


 なんなんだ、この男。美少女が何でもすると言っているにもかかわらず望みが友達になってくれって。

 もしかしたら何か裏があるのかもしれない。正直この男の表情を見ても何一つ感情が読み取れないので可能性としては十分あり得る。


 だが面白い、恐らく彼はこの完璧美少女である私に挑戦を仕掛けているのだろう。だったら私は彼の挑戦にまんまと乗っかってあげるのみ。


「いや駄目じゃないよ。これから宜しくね、桜田君」


 きっと今の私は悪い顔をしていただろうが、そんなことはどうでも良かった。

 絶対にこの男の本性を引き摺り出してやる。今はただ目の前にいる男の全てを暴いてやるという野望だけが私の中に渦巻いていた。

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