第四話 グランテの屋敷

 ――二週間後。


 俺とセリーはグランテ公爵の屋敷の塀の外にいた。少し離れた茂みに隠れるように、屋敷の様子を眺めていた。

 以前は塀の中にしかいなかった警備員が外にまで出ている。俺の侵入によってより一層厳重になった一例だ。寒い冬の夜にただただ座っているなんて公卿以外の何ものでもない。ご愁傷様である。


「……今日が本番だ。いいな?」


「……はい、準備できてます」


「いい返事だ」


 すっかりと盗賊の顔つきになったセリーを見て、俺の緊張が少し解れる。レミアンとの会話以来、より一層訓練に励んだセリーは技術力ではそこらの盗賊では敵わないほどに仕上がっていた。


 もちろん実践の回数では劣るので、俺から見たらセリーの熟練度はまだまだひよこだが、出会ったばかりの時と比べたら明らかに雰囲気が変わっていた。貴族からは遠ざかったが、ベテランの盗賊へは近づいた。


「な、なんか変でしょうか?」


 メッテの服を縫い直した盗賊服を着たセリーに俺はふと見惚れてしまった。訓練中やクエストをこなす時にも度々見てはいたのだが、実戦でこれほど近くで見ることはなかった。


 俺のように戦闘にも多少対応できるような重めの鱗装備ではなく、盗みに特化した実用性の高い薄皮装備になっている。

 軽量化を突き詰めた結果、四肢とお腹付近の露出度は高めだが、肘や膝などの関節部分はしっかり厚めの皮でガードされている。腰にはベルトが二重に巻かれており、様々な道具がぶら下げられるようになっていた。


「いや……懐かしく感じただけだ」


 最近は単独で盗みをすることが多かったが、四年前はメッテと一緒に盗みをすることも多かった。当時はメッテの服装を見てもなんとも思っていなかったが、ここにきてその服装を見ると、懐かしさで心が揺り動かされる自分がいる。


「……作戦は覚えているな」


「……はい」


 グランテ公爵の屋敷に再度侵入するのに、二週間ほどの準備期間を費やしてしまった。これは今までで屋敷に侵入するにあたって、最長の準備期間だ。普段であれば数日もあれば準備できるのだが、慎重に慎重を重ねた結果の二週間だ。


「緊張してるのか?」


「……は、はい……」


 セリーからすれば、グランテ公爵の屋敷に戻るのは帰宅と同然なのだが、立場が変わればその分緊張感も異なる。今までもクエストの手伝いをさせてはいたが、あくまでもサポート役だ。

 盗賊として本格的な仕事を実際やってみるのは、これが初めてかもしれない。


「……大丈夫だ。これまで準備はしてきた。お前はあと俺についてくればいい。時間はまだある……とりあえず間取り図でも復習しておけ」


「は、はい!」


 セリーは腰のベルトに挟んだ巻物を取り出し、静かに開く。間取り図の説明は既に済ませているので、セリーの頭の中に既に叩き込まれているはずなのだろうが、震えたセリーの体を見ると相当緊張しているのだろう。


 間取り図でも読んで気を紛らわせてもらった方がいい。


「……ゼルさん、良くこんな間取り図作りましたね……」


「……ああ、必要だったからな」


 グランテ公爵への侵入はこれが二度目ではない。

 これで通算七度目ぐらいだ。ほぼ二日に一回は侵入している計算になる。


 とにかく盗賊は情報が命である。

 相手がどのような人なのか、どのような財産を持っているのか、どこに財産を隠しているのかなどなど、情報を把握していない限り動けない。


 ただし、俺たちは情報屋ではない。盗賊という立場上、堂々と情報収集することはできないし、仮にやったところで、誰も情報を提供してくれない。スリ程度の小さな仕事であれば情報屋なしでもできるが、大きな仕事をしようとした時、盗賊は情報屋に依存せざるを得ない。


「何度見ても、凄く変わりましたね……」


 今回も、もちろん情報屋に一度頼んだのだが、残念ながら必要な情報を入手することができなかった。レミアンの話とほぼ同じで、異常なまでの情報統制網を敷いているらしく、情報を入手することができなかったようだ。


 もちろん俺は情報がないからと言って、そのまま突っ込んでいくほど無謀なことはしたくない。情報がないのであれば、自分の手でどうにかしなければならない。実際に盗みを働く前に、俺は情報を得るためにグランテ公爵の屋敷に何度か侵入していたのだった。


「そうだな、かなり大胆に変えたようだ」


 グランテ公爵の警備が厳しくなったのは事実で、警備員が増えただけではなく、盗賊用に無数の罠が仕掛けられるようになった。今まで侵入したことがある金持ちの屋敷の中では最も厳重だった。


 最初に侵入を試みようとした時には、警備員の多さに圧倒され、警備員の動き方を観察してするだけで一日が終わってしまった。

 そして二度目と三度目は設置されている罠を把握するだけで終わり、六度の侵入を経てようやく間取りと逃走ルートを描くところまで行けたのである。


 一日でも早く動きたかったセリーとはほぼ毎日言い争ってはいたものの、徐々に逃走ルートと間取り図が出来上がってくると、俺のいうことを素直に聞くようになっていった。

 

「もし、間取りに違和感があったら、教えてくれ。部屋をなぞる作業は何とかできたが、どこに契約書が落ちてるかは、正直勘に頼るしかない」


 紙切れ一枚なんて、どこへでもしまうことができる。折りたたんで小さくしてしまえば、尚更だ。注意に注意を重ねている状態の人間の行動ほど読みづらいものはないし、普通のところに置いているとも考えにくい。


「違和感といえば、全部違和感だらけですが……」


「まあ、そうだろうな……」


 軽く散策したところ、部屋の位置はかなり変わっていたし、各部屋の家具の置き方も変わっていた。そもそも二階の角部屋がグランテ公爵の寝室だったが、一階の左中央の部屋に変わっていたし、全ての部屋の窓は全て小窓に変わっていた。


 元々グランテ公爵と使用人しか住んでいなかったこともあり、俺が盗みに入る前は空き部屋も多かった。だが、現在ではその空き部屋を埋め尽くすように物を置き、全てが倉庫と化していのたである。

 しかもその倉庫の中に盗賊用の罠が仕掛けられていたりするから、これまた厄介だ。


 これほど物が溢れていると、盗賊としては錯乱されざるを得ない。林の中で一つの木を探し当てるのは容易だが、森の中で探し当てるのは困難であるのと同じだ。


「あえて不自然だと思うのは……母上の部屋でしょうか」


 セリーはグランテ公爵の隣に位置する義理の母の部屋を指差す。


「この間取りの中で移動が発生しなかったのは二階の兄上の部屋と母上の部屋です。その二つの中で兄上の部屋は倉庫化しなかったのに、母上の部屋は倉庫化しました……何かを埋れさせようとして大量の物を配置したのではないかと……」


「……そうか」


 グランテ公爵の親族の部屋は他の部屋とは違い、特別だ。

 信頼のおける使用人しか入室を許可されていないし、清掃なども手をつけていい場所と手をつけては行けない場所がしっかり区別されている。

 大事な物を隠すのであれば、あまり人が出入りしないところに隠した方が安全であると考えると、その部屋のどこかに隠されている可能性は高い。大事なものは、多くの人の目につきにくければつきにくくなるほどいいのだ。


「わかった、とりあえず」


「そ、そんな簡単に決めていいんですか!?」


「いい。この変態公爵については、俺よりもお前の方が理解している。俺の経験よりも、お前の勘の方が正確だ……自信をもて」


 全く当てもなく、屋敷の中を彷徨うよりかは、望みが薄くても目的地があったほうがいい。もし間違っていたら違う場所を探すまでだ。

 

「はい!」


 少し会話をすると、セリーは緊張が解れたようだ。表情が心なしか柔らかくなった。


 しばらくすると、警備員が交代する。

 交代するタイミングでも、警備員が持ち場を離れることはない。代わりの警備員が来るまで待機するのだ。常に誰かが警備している体制にしており、抜け目がない。


 ただし、警備員と言っても、人間だ。

 人によって行動パターンが違う。


 先ほどの警備員はかなり真面目な人種で、常に鋭い眼光で辺りを見渡していたが、今の警備員は一人になったことを確認すると居眠りをすることがお決まりになっていた。


「ゼルさん、今です! 眠りだしました!」


 案の定、暫くすると警備員は目を瞑り、腕を組み、頭をうな垂れながら眠りにつく。冬の風にあたりながら寝れるというのは、ある意味才能なのではないかと思うが、この好機を逃すわけにはいかない。


「ああ、いくぞセリー。俺の後ろについてこい。音は絶対に立てるなよ」


「はい、任せてください!」


 心強い返事に、俺はふと笑みが溢れてしまう。

 セリーは心の準備ができた。あとは俺だけだ。


「よし……大丈夫だ。――全力で行く」


 自分の気持ちを奮い立たせながら、俺たちは茂みからゆっくりと飛び出し、屋敷に向かうのだった。

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