第六話 守る力

「……どういうことだ?」


 唐突なセリーからの提案に俺は驚きを隠せなかった。

 俺はセリーに恋愛感情を向けたことはなかったし、セリーもそのような気がある素振りを見せたことはなかった。俺たちの関係の中で結婚という言葉にふさわしい関係性は全く築けていない。


「……私もう嫌なんです……誰かに守ってばかりなのは……ゼルさんに助けられて……メッテさんに助けられて……その結果いつも迷惑をかけてばかり……」


 セリーは体と声を震わせながら、あふれ出す思いをそのまま言葉にしていく。

 俺がセリーを誘拐した後から、何か思い詰めていたものがあったのだろう。今回のメッテの件は結果的に思いを爆発させる起爆剤になってしまった。


「私、もっと強くなりたい。守られるだけじゃなくて、守るほうの人になりたい……私が強ければ、メッテさんもこんな目には合わなかった……! もうこんな後悔はしたくないんです!」


 静かに座っている俺にセリーは声を荒らげる。

 セリーは今まで大切なものを奪われる人生だったのだろう。母を奪われ、自分の尊厳を奪われ、今回は大切にしていた人を奪われた。自分自身の弱さを恥じるには十分すぎたに違いない。


「だから、私もゼルさんと結婚して盗賊になります!」


 なるほど、と俺は心の中で呟く。どこでその情報を仕入れたのかは知らないが、貴族という称号を上書きするために結婚制度を使いたいということのようだ。

 セリーの言う通り俺と結婚すれば、セリーは晴れて盗賊になることが出来る。貴族というステータスが失われる代わりにクエストを自由に受けることが可能になる。


「……十八歳未満は結婚には親の承諾が必要だ。グランテ公爵から承諾をもらわないといけなくなる。無理だ」


「私は先日丁度十八歳になりました。だから問題ありません」


 今まで容姿で勝手に十二歳ぐらいだと思っていたが、意外と年が近かった。

 盗賊の職業柄容姿で人を判断することは多いものだが、俺の目もまだまだのようだ。年上でなくてよかったと安堵している。


「どんな訓練でも耐えてみます。メッテさんの代わりに私がゼルさんの補佐をやります! 結婚して、その……そういう男女の行いも……ゼルさんとだったら大丈夫です!」


 監獄の中で長く拷問され、耐えてきた少女から堂々と宣言されるとかなりの説得力だ。

 俺は肩を落としながら長いため息をつく。


 俺は幼い子供を愛玩する趣味はないので、男女の行いをセリーとすることは想像しがたいのだが、色々と覚悟した上で結婚の提案を申し出ていることは伝わってきた。彼女の生い立ちから醸し出される正義感も理解できなくはない。


 ただし、俺の答えは一つしかない。

 

「……ダメだ」


「どうしてですか!?」


 覚悟を決めたうえで臨んできただけあり、俺が提案を拒むことに対して動揺を見せる。

 しかし、俺が答えを変えることはない。


「セリーも見てきただろうが、世間の盗賊に対する風当たりは酷い。俺は今までこの環境で育ってきたから許容できる部分もあるが、他人を巻き込む趣味はない」


「それも覚悟の上です!」


「お前がこれから人のために役に立とうと頑張っても、難易度の高いクエストを解決しても、普通に町中を歩いていても、世間はお前のことを軽蔑し続ける……お前は俺があの村を助けたのに、なんで誰も俺を評価しないのか憤っていたな? まだその憤りがある以上、お前は盗賊にはなれない」


「そ、そんなこと、慣れれば大丈夫です! 耐えて見せます!」


 盗賊が世間から孤立させられている以上、いかに軽蔑されても感情を押し殺せるかが重要だ。

 その分、セリーはまだ精神的な幼さが残る。まるで四年前の俺のようだ。


「それに、だ」


 俺は振り返って寝ているメッテを見つめる。心が締め付けられるような感覚に苛まれる。

 ゴブリンの洞窟からもっと早く帰っていれば、メッテを村に置いておかなければ、このクエストを受理していなければ、過去を振り返れば振り返るほど、後悔の重荷が俺の精神をむしばんでいく。


「……メッテも確実にセリーにこっち側に来てほしくないだろう」


「……それは……」


 ずるいです、とセリーは呟いた。

 だが、メッテと長年付き合ってきたこともあり、この状況下でメッテがどういう返しをするかは想像にたやすい。彼女もセリーを自分の妹のように大切に思っているからこそ、自分と同じ境遇に置きたくないに違いないのだ。


 セリーはしぶしぶ理解したようで、黙り込んでしまった。

 厳密にいえば、理解せざるを得なかったのだ。セリーも同様にメッテであれば、彼女の提案に苦言を呈すことを知っていた。


「……ただまあ、結婚しなくても護身術ぐらいであればお前に教えることはできる……お前の名前でクエストは受理できないだろうが、俺のサポートぐらいなら出来るだろう」


「本当ですか!!」


 セリーは笑みを浮かべながら、はしゃいだ様子で返答した。


 俺は横たわるメッテを横目で見る。

 こんなことでセリーと結婚したら、あとでメッテになんて言われるか分からない。


「……セリー、ただ一つ覚えておけ」


 俺は嬉しそうにニコニコしているセリーの目を見つめる。


「お前は貴族だ。後天的ではあるが、それがこの社会でお前に与えられた役割だ。それはお前が立場を放棄しない限り、この社会を変えられる力を持っているということだ」


 俺の話を聞くうちにセリーの表情が益々真剣になっていく。


「……俺も一生お前をかくまえるわけじゃない。いつかは貴族に戻る日が来るだろう。その時には……」


 俺はセリーの肩に手をのせ、微笑みかける。


 俺は藁にも縋る思いだったのだろう。

 自分には出来ないことを、セリーには出来るのではないか。

 そう期待する気持ちがあった。


「――この社会を変えてくれ、セリー」


 俺のその言葉を聞くと、セリーは満面の笑顔を見せる。

 窓から月明かりが覗き、セリーの顔を照らす。


 あの時のレミアンも、俺と同じ気持ちだったのだろうか。


「……はい!」


 元気に返事をしたその少女は、いつも以上に大きく見えた。

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