第五話 セリーの思い
俺は眠っているメッテをおんぶしながら、その日中にセイズへ戻った。
朝から朝までゴブリンの相手をし、体力はかなり枯渇していたので当初はローゼンに一泊してからセイズに戻るつもりだった。だが、俺がゴブリン退治に失敗したという噂がローゼンを駆け巡り、宿を追い出されてしまったのだ。そもそもクエストを受理して、依頼主である村長に挨拶をしたときから、俺が盗賊であることを伝えると、瞬間に顔色を変えていた。
彼らからしたら盗賊がゴブリン退治に失敗して、ゴブリンが村を襲った。彼らが触れている事実はそこまでだ。俺がその後に集落に行き、その他大勢のゴブリンを処理したなんてことは知らない。恐らくこれからも知られることはないだろう。
メッテはかなりの重症だった。宿で休めなかったことで、メッテをゆっくり手当てすることが出来ず、傷を負ってから一日は治療薬で応急処置をするしかなかった。応急処置は単なる応急処置にしかすぎず、時間がたてばたつほど体への負担は大きい。
「メッテさん……」
セリーは体中が包帯で巻かれたメッテの手を握りしめながら、ベッドの横にしゃがみこんでいた。
俺もセリーの隣に寄り添うように座りこむ。
セイズに着いても、盗賊は普通に医者で見てもらうことが出来ない。盗賊に対する偏見から、普通の医者は盗賊を受け入れていないことが多く、偏見が強い医者に当たるとわざと違う薬を処方されたりする。昔から盗賊向けに診察している闇医者に頼まなければならず、人数が少ない分、闇医者が俺たちの家をノックするまでかなり待つことになった。
治療中にメッテは一度目を覚ましたが、痛みで叫ぶばかりでろくに会話をすることが出来なかった。結果的には痛み止めと睡眠薬を処方され、簡単な食事を済ませた後に再び眠りについたのだった。
「……ゼルさんはあれでよかったんですか?」
「あれ、とはどういうことだ?」
セリー俯きながら話しずらそうに続ける。
「ゼルさんが町を救ったのに、逆にゼルさんを追い出すようなこと……私、信じられなくて……ゼルさんは命がけでゴブリンを退治したっていうのに……信じられません……可哀そうすぎます……」
メッテをセイズに連れていくときに、様々な罵倒を浴びせられたものだ。
彼らからしたら、俺たちのせいで町が襲われたということになる。ただ、裏の事実を知っているセリーからしたら、彼らの態度のほうが違和感があったのだろう。
「……もともと悪かった印象がさらに悪くなっただけだ。クエストは失敗という扱いになるかもしれないが、一応ゴブリンの洞窟からもらった宝飾品がある。村人が俺のことをどう思おうが、やつらの勝手だ」
だが、宝飾品の代金も診察代と薬代でほとんど消えてしまったので、足し引きゼロだ。
ましてやメッテがボロボロになった結果を鑑みればかなりのマイナスである。
「そう……ですか……ゼルさんは大人ですね。私は……彼らを許せそうにありません」
セリーは見た目は弱弱しい少女ではあるが、根は強い。
歯を食いしばっている表情を見る限り、グランテ公爵も許してはいないのだろう。あれほど逃げ場のない場所で監禁されていたのであれば、最悪自害を選びそうだが、それを思いとどまったのはグランテ公爵への復讐の念ゆえなのかもしれない。
「俺は決して彼らに英雄と讃えてほしくて、ゴブリンを討伐したわけじゃない。村が安全になれば俺の目的は果たされる。それだけで十分だ……メッテも俺にそうしてほしかっただろうしな」
もちろんローゼンの人々が俺を歓迎してくれればそれに越したことはない。だが、彼らが俺をどのように評価するかは、俺が操作できるものではないし、盗賊をやっている以上それが困難であることを知っている。
「ゼルさん……メッテさんはまた盗賊に戻れますか……?」
セリーは答えづらい質問を俺に投げかけた。
「……わからないな」
医者がメッテを診断しているときにセリーも一緒にいたので、診断結果は知っているはずだ。それでも俺に質問するのは、何かしらの救いを求めているのだろう。だが、残念ながら俺にはそんな親切心を兼ね備えている人間ではない。
「医者も言っていたが、頭を強く強打した影響と骨折のせいで下半身にマヒが出ているらしい……練習をすれば杖を突いて歩けるようにはなると言っていたが、最前線で盗賊をやるのは難しいかもしれない」
盗賊は素早さと器用さが命だ。指の神経一つ不自由が生まれただけで、仕事へ大きな支障を及ぼす。
特にメッテは逃走技術を売りにしていた盗賊だ。足に障害が残るということは盗賊として価値を置いていた技術を失うということに他ならない。残念ながら、手足に障害を持って最前線で盗賊をやれた人を聞いたことがない。
「……私さえ行きたいって行かなければ……! 私のせいで……!」
セリーは涙を堪えきれずに頬を濡らす。
包帯姿のメッテを眺めれば眺めるほど、心が締め付けられるのは俺も同じだ。だから、俺は眺めないようにメッテを見ないようにベッドの反対側を向くように座っていた。
「……泣くな。メッテはお前に泣いてほしくないはずだ。仮に足が不自由になったとしても、何とかなる。メッテはそんなに弱い女じゃない」
その言葉は自分自身を説得するための言葉でもあった。今は傷だらけだが、治ればいつも通り元気に俺と接してくれると信じたかったのである。
「……私のせいで……私のせいで……!」
いくらフォローしても、正義感の強いこの少女の心には届かないと知っていた。自分を助けるためにメッテが犠牲になったと、自責の念に囚われている。彼女の涙は枯れることを知らない。俺は隣で泣き崩れている少女を置いていくことが出来ず、しばらく隣で座ることにした。
医者から処方された薬の匂いが部屋中を漂う中、セリーは一度深呼吸をすると決心したかのように俺の顔を見つめる。
「……ゼルさん、お願いがあります」
「なんだ?」
瞬きもせずに真剣に俺の目を睨みつける。今までに感じたことのない威圧感。
今の今まで俺が守るべきと考えていた貴族の娘だとは思えないほど、野性的な目つきだった。
セリーは握ったメッテの拳をより一層強く握る。
「ゼルさん。――私と結婚してください」
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