底辺職の盗賊だけど、ヒーローに憧れて最強になったので全力で世直ししてみようと思います
もぐら
第一章 優しい盗賊
第一話 盗みはじめ
俺は右手には布袋を握りしめながら、市場の喧騒の中を全力で走り抜けていた。
買い物中の人々に何度も肩をぶつけながらも、俺は気にせずに突き抜けていく。俺がぶつかった途端に怒号を上げる人もいるが、走りすぎてしまえばこっちのものである。どうせ俺の顔なんて覚えられるわけがないのだ。
布袋を上下に振りながら走り続けると、布袋の重量感がなんとなくわかる。
かなり重いし、結びの隙間からは金色の硬貨も見える。最近景気が悪いのか、人から財布を盗んでも大銀貨が数枚入っていればいいぐらいだ。特に買い物している主婦から盗んだ財布は買い物するためだけの金しか入っていないことが多い。
野菜を買い物するため財布を盗んでも、野菜を買うことしかできない。
そんなことをチマチマ繰り返すのは盗賊としては三流だ。
今日は久々の当たりかもしれない。
走りながらも俺はしばし高揚感に浸っていた。
「うお――――い!! あいつだ!! みんな、あいつを誰か捕まえてくれ!!」
はげた中年オヤジが市場の人々をなぎ倒しながら追いかけてくる。喧騒の中に隠れるように俺は背を低くしながら走っていたのだが、俺を追いかけられるなんて中々目が効く中年オヤジである。中年オヤジは俺よりも力強く市場で買い物をしている主婦をなぎ倒しながら俺を追いかけてくる。
「……だーれが、あんなのろまにつかまるかよ」
これほど追いかけてくるというのは逆にいいシグナルだ。
高価なものを盗めば盗むほど人々はより一層ムキになって取り戻そうとする。あの中年オヤジは大きな体を無理に動かしてでも俺が盗んだこの布袋を取り戻そうと考えているのだ。この時点で俺が盗んだものがかなり高い確率でアタリであることが分かったのだ。
俺は裏路地に回る。この町、セイズは俺のフィールドだ。
海と山の丁度中間地点に位置しているこの町は商業の中心街として栄え、城下町ですら羨むほど大きな町になっている。ここで住んでいる商人ですら地図がないと迷うほど広く、裏路地まで含めたらここの町長ですら全体を把握していないだろう。
だが、俺は違う。生まれてからこの町で生まれて、この町で仕事をしてきたんだ。
地図がなくても、どこに道があって、どこがいい逃げ道か、すぐにわかる。大盗賊の父と母の間に生まれ、それなりに厳しい訓練を受けてきた。それぐらいの自信は俺にだってある。
市場を突き抜け、途中の角を曲がると、俺は裏路地に入った。
民家の裏側で、上を見上げれば干してある洗濯物が見える。このような裏路地に入り込んでしまえば、ほとんどの人は迷子になることを恐れて、追跡をあきらめることが多い。
もちろん、一部の執念深い輩もいるのは事実だ。
俺は速度を落とさないまま、裏路地を走り抜けると、行き止まりのようにたたずむ壁が見える。遠くから見ると頑丈な石材で作られた行き止まりのように見えるのだが、実は木の衝立に石材のような絵が張ってあるだけで、その絵をペロッとはがせば、俺ぐらいの体形であれば潜り抜けることが出来る穴が開いているのだ。
俺自慢の自作トラップでもあり、俺のお気に入り逃走ルートでもある。
ここさえ抜ければ、俺は自宅まで一直線で駆け抜けられる。
「……よし、今日の仕事も順調だ!」
そう呟きながら、衝立の壁紙をはがし壁を通り抜ける。
父さんも母さんも盗賊業を引退したいと愚痴ることが多くなった。
親が引退し、子供がその職業を継ぐというのは一人前の証拠であり、名誉なことだ。今日の収穫を父さんと母さんに見せれば、褒めてくれるに違いないし、一人前だと認めてくれるかもしれない。俺は笑みを堪えることが出来なかった。
俺は器用に壁を潜り抜けると、再度走りだろうと足に力を籠める。
ここを一直線に走り抜ければ家に到着だ。
そう考えた矢先だった。
「お、お前ら……!」
一本道の裏路地のはずなのに、先ほどの市場で暴れていた中年のおじさんが仁王立ちしていた。今までこの道を盗賊以外の誰にも教えたことないのに、思わず驚きで立ちすくむ。
「おやおや、小僧やっぱりこの道を使うんだなあ。市場のやつに聞いておいて正解だったぜ」
「お、お前ら、なぜこの道を知っている!!」
「はっはっは!! お前みたいに毎日派手に盗みをしてくれちゃあ、そりゃバカでも気づくだろうよ。いつもいつも同じ道使ってたらそりゃバレるに決まってるだろうが!!」
最近は同じ市場で盗みをすることが多かったのは事実だ。
混雑していて人込みに紛れやすく、盗みを働くのには絶好の場所だったし、今まで盗みの成功率が高かったのだ。今回はそれが裏目に出てしまった。
この太った男がこれほどまで早く回り道できたということは、どこかの民家にお邪魔して、裏口から出て待ち伏せていたのだろう。常に自分の後ろでつけているとばかり考えていた。
自分の未熟さを恥じるように、俺は自分の唇を噛む。
俺は戻った道をチラ見するが、どうやらこの中年オヤジのお仲間が控えているようだ。
「後から逃げようとしても無駄だぜ? ここはかなり長い一本道だ……おい、お前ら、やっちまえ」
「は、はなせ! 汚い手で俺を触るんじゃねえ!」
中年のおじさんの後ろで構えていた、目つきの悪い男二人が血が止まるのではないかと思うほど強く俺の腕を両手で握る。少しでも力を入れる方向をずらせば俺の腕は折れてしまうほどだ。
「お、おい! ふ、袋は返す!! 袋は返すから、放してくれ!!」
俺は手に持った袋を落とし、自分の今日の収穫を泣く泣く放棄することにした。
盗賊でも金よりも命のほうが大事なのである。
「あん? 俺らはよ、お前が盗みさえしなきゃ、貴族様のところに商売しに行く予定だったんだよ。てめえみたいなガキのせいで貴族様の信頼を失ったらどうしてくれるっていうんだ? ああん!?」
「し、知るか! お前が後ろポケットに袋入れてたからだろ!! おっさんの不注意だ、俺だけのせいじゃない!! ほ、ほら、袋は返しただろ! 早く放せよ!!」
俺は体をジタバタさせながら、中年オヤジに訴えかける。
取り巻きの二人は離すまいと俺の体を掴む握力が益々強くなる。
「貴様、盗賊の癖にいちいち口答えしやがって。一発痛い目に合わないとわかんねえみたいだな、ああん? ……おい、お前らこいつ強く押さえとけ」
中年オヤジはこぶしを強く握りしめる。
頑丈な体つきをした、その商人の力こぶからは血管が浮き出ていた。
「口が減らねえこのクソガキがあああ!!」
「グハッ……!! ……ゴホッ、ゴホッ!!」
力がこもった拳は俺のみぞおちにめり込む。息が出来なくなるほど内臓が圧迫され、俺は自分の息を整える間もなく咳きこんでしまった。父さんと護身術の模擬戦闘はやったことあったが、これほどまで容赦のない拳を体で受けたことがなかった。
「お前ら、まだ離すんじゃねえぞ」
「へい!!」
威勢のいい商人の部下たちは笑いながら主人の命令に従っていた。
再度中年オヤジはこぶしを強く握りしめて、俺に強烈な一撃をもう俺のみぞおちに落とし込む。
「……グハッ……!!」
味わったことのないほど強い痛みが俺の体中に響き渡ると、ふと全身の力が抜け、俺に掴みかかる中年オヤジの取り巻きに寄りかかる形で倒れこむ。俺は顔を上げ、商人を睨みつける。
「てめえ、何睨みつけてやがる? ……気に食わねえ顔だな」
「……!?」
中年オヤジが思い切り俺の顔面を殴ると、鈍く首の関節の音が鳴る。
脳内にキーンと高い音がこだまする。殴られれば殴られるほど、自分の体に異常が増えていく。
「盗賊風情が!! 生意気!! なんだよ!!」
中年オヤジはうっぷんを晴らすように俺を幾度となく殴りつけた。口の中に血がたまっていく。
俺は拳に体を預けるしなかった。
――ああ、俺はここで死ぬのか。
もやがかかったように視界が徐々に薄まっていく。
体が苦痛を避けるかのように意識が徐々に遠のく。
物を盗み切れなかった盗賊が道端で犬死するケースは沢山噂に聞いていた。
盗賊は牢獄で死ぬか、道端で死ぬかの二択だというのは盗賊界ではよく言われていたことだった。
所詮、盗賊なんて存在、社会で認められていないし、求められていない。
いや、違うな。
盗賊の存在は認められているのだ、――ただ、差別されるためだけに。
走馬灯のように人生を振り返った俺は気づかないうちに涙を流していた。
単に生まれて、盗賊として学んで、盗賊として仕事をし、盗賊として親孝行がしたかった。それだけなのになぜ俺はこれほどまでみじめに死ななければならないのだろうか。朦朧とする意識の中で、行き場のない怒りが体中を駆け巡っていた。
「……おい、あんたらちっちぇ子いじめて何してんだ」
低い声が路地に鳴り響く。俺はもうろうとする意識の中で、顔を見上げた。
破けた黒いマントを羽織った見知らぬ男性がそこには立っていた。
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