第34話 答え合わせ

「……思い出せませんか」

「…………申し訳ありませんが、何も。その、『シンドー』というのが私の本当の家名なのでしょうか」

「ええ。では、最初から説明させてください」


 どくんどくんと、心臓が高鳴る。アイネは、『世界の謎』と『自身の正体』について、同時に迫っているらしい。


「初めに、世界には3つの種族が居ました」


 恐らく、『星野蒼空』と『神藤愛音』は仲が良かったのだろう。だからこんなにも、優しい笑顔をこちらへ向けるのだ。


「『テラ』『アビス』『ラウム』という種族です。彼らはそれぞれの権利を主張しながら、戦争を行っていました」


 いつか、エンリオと行ったガルデニアの歴史どころではない。誰も知らない、世界の歴史。ソラの小さな口から飛び出す言葉は全てアイネにとって初耳である。


「テラが最も弱かったのですが、最も数が多く。最も強力だったのがアビスですが、数は少なく。そしてラウムは、テラよりもアビスを憎んでいました」


 3つの種族が互いの権利を掛けて争っていた。だが、今の世界には人間しか居ないなとアイネは思う。


「ある時、テラとラウムが手を組みます。そして、互いに交わり、混血の子が生まれます」

「混血……」

「『池上白愛』という混血の姫が、両種族の指導者となりました」

「『イケガミ』……!」

「!」


 名が出てきた。アイネはフィシアに促して、『杖』を取り出す。

 皇帝から預かってきた、杖を。


「…………その杖は、ラウム王族の」

「バルト陛下から、『イケガミ』もしくは『イガラシ』の名を持つ者へと。預かって参りました」


 ソラはそれを見て、目を丸くした。そしてすぐにまた、懐かしそうな表情をした。


「……はい。……グイード家は、ずっと、保管してくれていたのですね。……丁重に、お預かりしましょう。この杖の説明も、いたしますね」


 大事そうに。両手で受け取り、抱き締めた。


「……その頃、アビスは追い詰められていました。地下に穴を掘って、そこに逃げ隠れて。力を蓄えていました」


 説明を続ける。テラとラウムが手を組んだのなら、アビスにとっては不利な状況だ。


「やがて、アビスに待望の王子が生まれます。王子を中心に、地下で数を増やしたアビスとテラ・ラウム連合軍との、最後の、大きな戦争が起きます」


 戦争。どれだけ時代を遡っても。いや未来になっても。これは無くならないのかと、アイネは思う。


「その間に……ふふ」

「?」


 ソラが何故か、笑った。


「テラ・ラウムの姫と、アビスの王子が、恋に落ちてしまったのです」

「!」


 少し照れながら。まるでそれを見てきたかのように。


「王子の名前は『星野黎ほしのレオン』」

「!!」


 ここで。ホシノの名前が出てきた。


「私——いえ『星野蒼空』の兄です」

「兄……」

「ええ。星野黎と池上白愛は、種族を問わない数人の仲間を率いて、戦争を終わらせようと、とある装置を作り、起動させます」


 アクシアは、アビスの末裔なのだろうか。


「その装置は、人々の『精神』と『意識』を変化させるものでした」

「…………?」

「この星には、『テラ』しか居ない。全人類がそう『信じる』ようになりました」

「えっ」

「アビスとラウムは、その時をもって『消えた』のです。この判断が良いか悪いかはさておき、事実、そうなった」


 では今の人類は、テラの末裔なのだろうか。


「テラだけになった世界。でもそれは、彼らが描いていた平和にはなりませんでした」


 理解はまだできていない。説明も分かりやすいとは言えない。

 3つの種族が争っており、そのうちふたつが『消えた』。それだけはなんとなく分かった。


「当時の『アビス』『ラウム』は消えたのですが、『太古の彼ら』が残っていたのです。それらは古い言葉で『妖怪』とか『神』などと呼ばれていたものでした」

「神」


 現代にも宗教はある。帝国にも勿論ある。

 だが神が実在するとなると、話は変わってくるだろう。


「テラは、神々や妖怪とまた戦争を起こして、今度こそ、世界は滅亡しました」

「!」

「今度こそ。街は焼け、地は抉られ、嵐が吹き荒れ。……神々の天界からの侵攻により、世界の人口は殆ど死に絶えました」


 世界の終わり。終末は、どの宗教にもあるものだ。


「それから時が経ち。強い精神力を持つ者の『魂』が、子孫に受け継がれるようになった。……今は、その5000年後の世界という訳です」

「…………よく、ありそうな神話ですね」

「ええ。事実ですが」


 ソラの説明を、全て飲み込む訳には行かない。今の話では何も分からない。


「その、強い精神というのがよく分かりません」

「人の思いは力になります。それを、古代人達は上手く扱えたのです。精神力は、文明の『動力』だった。その名残りは、帝国にもあるでしょう」

「……『祈械』!」

「その通り」


 正に、暗部でもその通りに説明された。『祈械』——『魔剣』もそうだが。死者の強い思いが力になっている道具だ。


「……星野黎と池上白愛が使ったのも、原初の『祈械』です。それを破壊して、消えてしまっていたアビスとラウムを救ったのが、ひとりの女性」

「…………」


 そう言えば。『神藤愛音』はどこで出てくるのだろうか。王女と友人であったのなら、歴史の重大な所で出てきても不思議ではない。


「それが、『神藤黒音』という人です」

「……くろ、ね」

「ええ。彼女の娘の名前を、『愛音』と言うのです」

「!」

「世界の滅亡と、『祈械』の破壊はほぼ同時でした。復活したアビスとラウムも、その殆どが滅亡に巻き込まれました」


 登場人物は、5つ。

 テラ、アビス、ラウム。

 アビスとラウムが『祈械』により消える。

 その後『妖怪』と『神々』が現れる。

 テラとの戦争で世界は滅び。

 復活したアビスとラウムも被害に遇った。


「……それから、3種族は交わり合いながら、再び文明を構築していきます。今はもう、種族の違いや垣根は殆どありません。私達『アクシア』はそれを伝えながら、大陸を離れて暮らしている。『賢者』が生まれるのは、アビスやラウムの血が濃い人に多いです」

「…………私には、知識はありますが。そんな『記憶』はありません」

「個人差はあるでしょう。元々この星に居たテラに精神技術を持ち込んだアビスやラウムの方が、強く『魂』を受け継ぎます。『神藤愛音』さんはテラでしたので」

「…………私は」


 アイネは、唐突に飛び込んできた大量の情報を処理し切れないでいる。ソラもそれは分かっている。


「今、世界に台頭しているのはアビスの子孫が多いです。ガルデニアの『グイード家』も、元を辿れば『義堂』という名前に遡ります。アビスの幹部と、ラウムの研究者を輩出した名門です」

「……義堂」

「ラウムの子孫は、国というものや支配には興味は持たず。代々受け継がれる『ワープ』という能力を持って、世界を旅する『妖精』と名乗っていますね」

「妖精……」


 アサギリの姿が浮かんだ。彼はラウムの子孫であり、妖精だったのだ。


「アサギリは、数年前に亡くなった彼の祖母が賢者でした。名前は『ホタル』。彼女の『記憶』は、私達王族とはまた違った世界を見ていました。個人的ですが、彼女が5000年前に生き別れた大切な友人との再会を、ずっと望んでいました」

「…………」


 思いは受け継がれる。アイネはまだ、自分が『神藤愛音の魂である』とは思えていない。そんな大昔のことを言われても、何も思い出すことは無いからだ。だが。


「ふふ。会えたのです。亡くなる、ほんの数日前に。まるで奇跡。遠い遠い、遥かな空から。『アスラハ』という友人が訪ねて来たのです」


 そんな表情を向けられては。

 納得してしまいそうになる。


「私もです。ずっと会いたかった。アイネさん。この世界でも、よろしくお願いしますね」

「……!」

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