リンデン①

第25話 リンデン帰郷

 恵みの霊峰『パキリマ』。今の時期は頂上付近に積った雪で、さらに幻想的で厳かな雰囲気を漂わせている。

 その麓に、都市がある。名は『リンデン』。世界に名を轟かせる強力な『騎兵団』を擁する独立都市だ。


 山を背にした中心部に、一際大きな屋敷がある。リンデン市長の屋敷だ。現在は、その娘が引き継いで暮らしている。

 名は、セリアネ姫と言う。リンデンのアイドル的存在だ。


「……あら」


 セリアネが、いつものように庭で読書をしていると。

 屋敷に来客があった。


「シュクス! お帰りなさい!」


 セリアネの表情は一気に晴れ渡った。唯一の肉親である、弟が帰ってきたのだ。


「……ただいま。姉ちゃん」

「ええ! あら、旅のお仲間?」


 シュクスの後ろには、3人の男女が居た。その内、赤い髪の少女が右手を挙げる。


「はいっ。私はリンナです。初めまして。お姉さま」

「あら可愛い子。シュクスがいつもお世話になってるわね」


 続いて、銀色の髪をした青年が胸に手を当てた。


「初めまして。俺はゼント・イリュージ。シュクスとは、剣の兄弟子ってところかな」

「まあ」

「へん。今じゃ俺の方が強いぜ」

「言ってろ」


 最後に。

 小柄な少女が腕を組んでいた。シュクスよりも若いと見える。金髪を短く揃えた少女だ。


「へえ。なかなか美人な姉じゃないかシュクス。君はいつも美人に囲まれているな」

「まあ可愛い。あなたは?」

「僕はユーイ。妖精の一族だ」


 ユーイは得意気な表情で自己紹介をした。


「妖精?」

「ああ。正確にはその子孫だけどね」

「はいはい。今そういうの良いからユーイ」

「なっ。流すな赤女」

「なんですって?」

「まあまあ仲良くしろよお前ら」

「シュクスは黙ってて」

「ええ……」

「うふふ」


 やりとりを見て、セリアネは嬉しそうに笑った。

 心配だったのだ。幼い弟が旅に出るとなった時は。

 良い仲間に恵まれたらしい。それが分かるひと幕だった。


——


 セリアネは一行に食事を振る舞った。リンデンのトップとは言え、この屋敷に使用人は居ない。全てセリアネがひとりで切り盛りしているのだ。

 正確には、父が健在だった頃は居たが。全員解雇してしまった。お金を払えなくなったからだ。


「うまいっ! まじか!」

「うふふ。良かった」

「食べ方汚いわよユーイ!」

「うるさいな。お前こそそんなに食ったら太るぞ」

「なんですって!?」

「あはは」


 賑やかな食卓となった。セリアネは、父や騎士団長が生きていた頃を思い出して。また嬉しくなった。


「それで、旅は順調なの?」

「!!」


 食後に。セリアネが訊ねた。帰ってくるのは大歓迎だが、何故帰ってきたのか。ひと段落着いたのだろうか。『帝国の支配から町を解放する』旅は。


「……それが」

「?」


 シュクスは固まってしまった。リンナが切り出そうとするが、上手く言葉にできない。


「旅は、普通だよ。久々に姉ちゃんの飯が食いたくて帰ってきたんだ。仲間を紹介したかったし」

「……シュクス」

「俺風呂入ってくる」

「あっ」


 セリアネとは目を合わせずに、シュクスは立ち去ってしまった。


「……上手く行ってないのね」

「セリアネ姫」

「ゼントっ」


 ぽつりと呟いたセリアネに、ゼントが説明を名乗り出た。


「今のシュクスの心境は、結構複雑なんです。とある戦いがあってから、沈んでしまって。どうにもならないから、ここまで俺達が連れてきたんです」

「え……」

「……とある、帝国領の町に行ったんです。目的は、そこを足掛かりに、帝都に潜入すること」


 リボネの町でのことを、語る。あれ以降、シュクスは悩んでいる。


「町は、帝国の支配を受けておらず。また軍人も蔓延っていなかった。悪さをしている奴も居ない。普通の町だった」

「!」

「そこへ、将軍のひとりがやってきました」


 将軍、と聞くと。セリアネはクーリハァを思い出す。あの凶悪な帝国七将軍のひとりを。


「俺達は、戦闘になりました。その際、家とかも壊してしまって。ごたごたの中で、シュクスは誤って市民を斬ってしまった」

「……!」


 衝撃を受ける。いくら帝国人でも。市民を傷付けることはやってはいけない。


「ゼント。言い方悪いわ。それにあんたはあの時倒れてたじゃないの」

「リンナ」

「あれは仕方ないわよ。敵の軍師を倒そうとして、間に入ってきたんだもの。シュクスの不注意でもなんでもないわ。斬られに来たのよ」

「え……」

「そう。市民が帝国軍人を『庇った』。それが、シュクスにとってはショックだったようで」


 シュクスにとって市民とは、守るべき対象だ。誰から守るのか。当然、帝国軍だ。

 だが、市民が、その帝国軍を庇ったのだ。彼からすれば意味が分からない。


「加えて、そのことで将軍から『犯罪者』って、言われちゃって。それも相当、ショックらしくて」

「…………」


 黙ってしまう。戦争なのだ。色んなことが起きるだろう。だが。それら全てに対応できる精神力は、今のシュクスには無い。


「つまり自分が『正しい』と信じていたことに、疑問を持ち始めたんだ。良いじゃないか。成長中ってことだろう」

「!」


 沈黙を破ったのは、ユーイだった。


「あんたねえユーイ。いい加減にしなさいよ。シュクスが今までどんな思いで」

「知らないし関係無いだろ。自国の『正義』は敵国の『悪』だ。逆もしかり。色んな町があって、状況も様々なのに。徹底して『救ってやろう』ってのがそもそも子供じみた勘違いだ」

「ユーイ!」


 リンナが憤慨する。だがユーイは流して気にせず続ける。


「お前の話にあった『アイネ』が言ってたんだろ? 帝国を内から改革するから、外部からちょっかい掛けるなって。正しいじゃないか。外敵に倒されるより内から変えた方が被害が少なくて済む」

「……何が言いたいのよ」

「アイネみたいな奴が居なければ、お前達は『正義』で『必要』だったかもしれない。だけど、帝国にはアイネが居る。ならお前達がやろうとしていることは、結局『迷惑な賊』でしかない。子供の夢だ」

「ユーイ!」

「!」


 言い切ったユーイの頬を。

 ぱちんと、リンナが平手で打った。


「……痛いな。何をするんだ」

「あんたは! 最近仲間になったから知らないのよ! シュクスが! あいつがどれだけ——」

「僕の言葉に間違いがあるのか?」

「!!」


 ユーイは、ずいと寄る。頭ひとつ分ほど、リンナの身長が高い。下から、睨み付ける。

 リンナは押し黙ってしまった。


「お前は、シュクスを好いているから奴を擁護したくなっているだけだリンナ。この旅はそもそも、『必要ない』。誰にも必要とされていない。シュクスが認めなかろうと、お前くらいはそろそろ理解しろよ」

「…………!」


 核心を突かれて。

 耐えかねて、彼女も出ていってしまった。


——


「言い過ぎだユーイ。正しかろうと言い方に気を付けないと相手もムキになって伝わらないぞ」

「……いや、奴らはそこまで馬鹿じゃない。だから悩んでいるんだろ」

「…………」


 ゼントが窘めるが、ユーイもそれは理解していた。

 彼女は、リボネから脱出した後にシュクス達と出会った仲間だ。


「悪いことをしている奴がいるから、倒す。それでハッピーエンド。……もうシュクスは18になるんだぞ? 本当に大丈夫かと心配になる」

「……ユーイ。あのな。じゃあなんで、お前は俺達に付いてきたんだ」

「僕だって、帝国軍に滅ぼされた国の生まれだ」

「!」

「だけど、じゃあ帝国を滅ぼせば『良くなる』のか? なあ、セリアネ姫」

「えっ」


 急に振られたセリアネは、びくりと反応した。


「ここリンデンは、帝国領ティスカの目と鼻の先だ。どうだ?」

「えっと……。アイネさんが協定を結んでからは何も無いわ。被害どころか、帝国軍からの干渉は何も」

「!」


 ゼントは驚いた。ここは何度か侵攻されていた筈だ。


「どころか、商人や旅人なんかの往来は帝国が来る前より盛んになったの。私達は直接取引できないけど。酷い支配をされていたっていうティスカや周辺の町も、犯罪は少なくなって治安が良くなったのよ」

「……そうか」


 喜ばしいことだ。だが。

 ユーイはそれを聞いて、表情に影を落とす。


「なあゼント。『アイネ』に任せていれば、帝国を討つ必要は本当は無いんじゃないのか」

「! お前も、帝国を恨んでるんじゃないのかよ」

「…………そりゃあ好きな訳は無い。だけど。僕の気分を良くする為だけの『復讐』と。これからの子供達を守る為の『改革』があるとするなら。どちらを選ぶべきかは明白だろうさ」


 ユーイも複雑なのだ。『絶対悪』である筈の帝国に、『アイネ』という改革者が内から現れたことで。

 単純な戦争で討ち滅ぼして、有能な文官をも処罰してしまえば。世界はより混沌になるかもしれないと。


「僕は妖精だからな。人間と視点が違うかもしれない。きつい言い方をしたのは悪かったよ」

「……謝るなら本人にな」

「…………そうだな」

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