第24話 次に備える休日

「お帰りなさいませ。アイネ様」

「…………うん。ただいま」


 屋敷へ戻ってきた。出迎えたのはラットリンとひとりのメイドだった。

 玄関の壁は崩れたままだ。シャルナが、ゼフュールを倒した時のもの。


「お疲れのご様子ですね」

「うん。……取り敢えずお風呂入りたいんだけど」

「ご用意できております」

「ありがと。他の皆は?」

「ゼフュールがまだ動けず、その看病を。主を差し置いて、申し訳ございません」

「いいよ。後で私も見舞うから」


 ラットリンはいつも通りの様子だった。シャルナには悪印象を持っているだろうが、主であるアイネが気にしていないのだ。それならば仕方がない。相手は将軍なのだから。


——


「失礼いたします」

「え……」


 浴場にて。入ってきたのは、年長のメイドである。年長と言っても20台後半だろう。温和な笑みを浮かべる、3人のメイドのリーダー的存在だ。


「ミーリ、さん?」

「『さん』は不要ですわアイネ様。他の使用人と同じようにどうぞ呼び捨ててください。……お世話、させてください」


 アイネより身長も高く。それでいてすらっとしており。さらにバストは豊満だ。見ただけで、包容力に長けていると分かる。

 ミーリは優しい手付きで、アイネの身体を洗い始めた。


「えっと……」


 アイネは困惑する。これまで、入浴の際は最初に一度だけアミューゴを伴にしただけで、あとはひとりで入っている。広い浴場だが、そもそも誰かと風呂へ入る文化自体、アイネには無かった。


「お話は聞きました。ラットリンからですが……。少しでも、お力になれればと」

「……ミーリ」


 どこから情報を得ているのかと思ったが。アイネが故郷へ戻り、そこで戦闘になり、義兄が大怪我を負ったと、そこまで知られているらしい。


「『ここ』にも、アイネ様の『家』があります」

「……うん」

「大変でしょうが、精一杯支えますので」


 ここまでするものなのだろうか。アイネは不思議に思った。いくらメイドとは言え、仕事である。家事と給仕だけしていれば、最低限誰も文句は言わない。

 果たしてここまで、寄り添うものなのだろうか。


「不思議ですか?」

「!」


 表情で、読み取られた。この女性もまた、『強い』。


「『メイド』とは、職業ではなく『生き様』ですから」

「!」


 価値観。考え方が、アイネの『知識』とは違う。

 つまりミーリは、『最上級』のメイドであるということだった。

 アイネは無意識に、背中を流してくれるミーリへと体重を預けた。


「アイネ様?」


 柔らかい感触に包まれる。何故だかとても安心する。

 そうか。

 自分は疲れていたのだと、今ようやく理解した。


「……兄が、敵に斬られて」

「…………ええ」


 ミーリは少し目を丸くした。これまでアイネが、自分の仕事のことを使用人に話すことはなかったからだ。


「まさか、こんなところまで来るなんて思ってなかったから。……油断したと言えばそうなんだけど」


 誰が予想できるだろう。ワープして攻めてくるなど。対策は不可能だった。だがアイネは、それをも悔やんでいる。


「シャルナさんには感謝しないと……」

「……ええ」

「それと……」


 いつの間にか。


「……アイネ様」


 アイネはミーリに抱かれて眠っていた。昨夜も、ずっとイサキの看病をしていた為に寝ていない。シャルナと会ってからのここ数日の疲れが、一気に出たのだ。


「……ゆっくりお休みくださいね」


——


「アイネ様。お食事のご用意が——」

「ごめんなさいラットリン。アイネ様は眠ってしまいました」

「おや」


 アイネはミーリにバスローブを着せられ、抱き抱えられて浴室から出てきた。


「……シャルナリーゼ将軍に散々連れ回されたようですね」

「しばらく休暇と伺っております。屋敷にいらっしゃる間は、存分に休んでいただきましょう」


 家のことは、ラットリンとミーリで上手く連携を取り合ってこなしている。ラットリンにとっても、ミーリという存在は大きいのだ。自分ならば、このようにアイネを抱き上げることなどできない。嫌われてしまえば屋敷を出るしか無いのだから。


——


「まだまだ、アイネ様はお若い」

「ええ」


 その夜。

 ゼフュールの居る使用人用の寝室に、5人が集まっていた。


「さらには、リボネ町長のご息女と言えど、平民のご出身です。いきなり貴族の屋敷を貰って、居心地が良いとは言い切れないでしょう」

「ですが、我々の役目として。この屋敷をアイネ様にとって心安らぐ『家』にする必要があります」

「……不安な者は居ますか?」

「!」


 最初は。

 宰相バフンダインに雇われてこの屋敷にやってきた。だが、それは解雇された。それでも残ったのが、この5人だ。

 あのひと幕だけで。彼らから見たアイネは『主として魅力的』に映ったのだ。毅然とした態度と、従者を慮る発言で。

 ラットリンの言った、『不安』とは。今後のことである。


 アイネは『女性』である。若く、自身の財で屋敷を持ち、その主となっている者は少ない。殆どは男性だ。だから普通は安心なのだ。

 女性であれば。いずれ、この屋敷を出る可能性がある。そうなれば、使用人は全員解雇だ。路頭に迷うことになる。

 一生仕えるべき主を転々と変えるなど。この帝国の常識ではあまり考えられない。ラットリンやミーリなどはベテランだからこそ、数回ほどは主を変えているが。基本的には一生同じところで働くことになる。


「いきなり『軍師』相当になった、若く麗しい女性。縁談などすぐにでも殺到しておかしくない」


 この屋敷で、アイネの元で働いて。

 では急に、その旦那を主と思えるだろうか。


「不安定なのです。いえ、これは決して悪い意味ではなく——アイネ様は17。精神的にも不安定で当然なのです。ですから、我々が、しっかりと支えなくてはならない、ということです」

「ええ。ラットリンの言う通りですね。アイネ様は帝国民の為に尽力しておられますから。せめて私達は、その疲れを癒してさしあげる存在でなくては」


 なんだかんだ、理屈はあるが。

 小難しい話もあるが。

 結局は。


「でもアイネ様はお優しいですし、ここで働くのは楽しいです」

「ミュー……。ふふ。そうね」

「誠実で、真面目で。一生懸命で。あんなにも良いお人柄ですから」


 我が主は可愛い。

 それだけである。


——


——


【それから、数日。

 私は屋敷から出ず、ゆっくり過ごした。一応、シュクスについての情報をまとめて、私の知識による予想も加えて書面にしたりして。次にどう来るか、こちらがどうするべきか、とか。

 軍師長からの報告も来てる。大きな都市には必ずと言って良いほどワープ装置が見付かってるみたい。

 その原理も、時代も。全部不明だけど。

 見付かった場所は全て頭に入れる。解明はシャルナさんに任せっきりになるけど。多分私が見ても何も分からない。『魔剣』と同じで完全に私の『知識外』の代物だ。

 それと。

 私は、実家に手紙を送ろうと思った。そんなに頻繁にはできないけど。イサキの怪我も気になるし、近況報告も兼ねて。帝国が今どんなことになっているのか。父さんは知っていた方が良いし。

 あと、やるべきことは。


「……私兵、ですか」

「うん。これまで必要無いと思ってたけど。リボネで痛感したの。恐らくもう、言葉じゃシュクスを止められなくなる。彼はどんどん強くなる。それに、彼にその気は無くても仲間達は私を攻撃してくる」


 私は非戦闘員だ。体力も並。間違っても戦場に来ちゃいけない。

 だけど『対シュクス』に関してだけは。私自身が対応しなくてはならない。私の目が届かないところだと、何をどう『都合よく』されるか分からないからだ。エンリオ将軍やシャルナさんと肩を並べていた筈のクーリハァが呆気なくやられたんだ。『普通に』『定石通り』にやっていたら絶対に負ける。

 その時に。次に彼らと対峙する時に。簡単にはやられない、武力が無いと。私はもう彼らと会話すらできなくなる。


「何か、あてがあったりしないかな。ラットリンは色々知ってそうだし」

「なるほどですね。確かに、未婚の婦女子ひとりの屋敷としては警備も護衛も少ないでしょう」

「いや、屋敷っていうか。仕事の話で」


 ラットリン自身を完全に信用した訳じゃないけど。こういう相談は誰にでもできる訳でもない。エンリオ将軍やシャルナさんに言っても良いけど、今は私が振った仕事で忙しい筈。


「ですがアイネ様」

「?」

「『魔剣使い』の一行を相手にすることを前提とした募集ならば。人の集まりは悪いでしょう」

「……やっぱり?」

「ええ。あれは国宝でありながら、最強の武力。兵器ですから。魔剣と戦えるのは魔剣だけ。一般武装でいくら向かってきても、鎧袖一触。それほど、武器自体の性能差があるのです」


 見た。実際に。シュクスの『風剣』の強さを。

 戦場に竜巻を発生させて、しかも触れれば切れるなんて。あまりに強すぎる。ひとりの武力とは思えないほど。


「お話にあったリボネの『自警団』は、それでもアイネ様をお守りしそうですが」

「駄目。リボネを守る駐屯兵の代わりなんだから」

「ふむ。それでは如何いたしましょうか」


 シャルナさんが。私に『魔剣』を作ろうと提案してくれた理由が分かった。

 ここまで、読んでたんだ。将じゃない私は、兵を持てないから。


 どうしようかな】

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