第14話 帝都での生活

【ようやく、少し落ち着いた。

 この数日の出来事を纏めると。


 使用人達は、半分になった。つまり5人。残ったのは男性の執事2人と、女性のメイド3人。メイドさんは全員残った。ちょっと吃驚だ。それより驚いたのが。


「勿論残りますよ。ええ。精一杯、貴女の下で尽くさせていただきます。……あと、私を含め使用人のことは気軽に呼び捨ててください。アイネ様が、奇異な目で見られてしまいます」


 ラットリンさん……いや、ラットリンが残ったことだ。正直、私は彼を最も警戒していた。彼は仕事柄、他の使用人より『宰相』と繋がっているからだ。常に監視をされている気分になる。


「いえ。もうバフンダイン様との契約は切れております。そもそも今回のアイネ様の為に雇われただけなのですから。私の上には、貴女しか居ませんよ」


 そうは言ってもねえ。

 まあ、断る理由も無いし、爽やかでやりやすいのは確かだから、お願いした。他に残る人達にとっても、執事長っていうリーダーが居ると居ないのとじゃ変わってくると思うし。

 つまり辞めたのは全部男性だ。まあ、私みたいな貴族の娘でもない小娘にあれこれ言われるのは普通は願い下げだろう。退職金の額を見て決めたのもあると思うけど。

 そして、それでも残った物好きな男がもうひとり。


「あっ! アイネ様っ!」

「……何ですか?」

「きょっ! ……今日も良い天気ですねっ!」

「…………今日は雨だけど」

「あっ! う! も! 申し訳ありません!」


 この、面白い人だ。名前はゼフュール。

 身長は、平均的だ。ラットリンより少し低め。だけど体格ががっしりしていて、とても男らしい。

 なのに、私と接する時は変な言動と行動になる。ここで、私がただの小娘だったら『面白い人』という感想で終わるんだけど。

 私の『知識』が確信してる。このゼフュールは、私に恋愛感情を抱いていると。

 ……困った。思い違いだと。自意識過剰だと思いたいけど。私は私の『確信』を否定できない。こんなところで確信してなくて良いのに。しかも、私がゼフュールについて何ひとつ異性としての魅力を感じていないのが申し訳ない。好かれるのは嬉しいけど。

 この前のバフンダイン閣下の時もそうだけど。私はあははやうふふの為にやってるんじゃない。自分の故郷を守る為だ。色恋にうつつを抜かしている場合じゃない。


 あとはメイドだ。ひとりは初日に食事のお風呂の世話をしてくれた、アミューゴ。なんと12歳の最年少だ。


「アイネ様っ。頼まれていた資料をお持ちしましたっ」

「……ありがとう。でも、これじゃないわ」

「あえっ!?」


 こっちもこっちで面白い。頑張ってるけど空回りしてる感じの、まあ普通に女の子だ。表情が分かりやすくころころ変わるから、多分メイドに向いてない。別に良いけど。

 同僚からは『ミュー』と呼ばれて可愛がられているらしい。使用人同士の人間関係も色々あるそうだ。


 さて。あとふたりのメイドについてはまた今度にするとして。

 私は『魔術』について調べるために、まず帝国についておさらいすることにした。

 歴史についてはエンリオ将軍としたから、特に『皇族』について。


 現在の皇帝はバルティリウス・グイード・ガルデニア三世。バルト皇帝、バルト陛下とも呼ばれている。48歳。

 奥さん……お妃は3人。そして子供が4人、いや5人。

 長男、イエウロ殿下は30歳。18の時の子供だ。凄い。……『七将軍』のひとりで、『影杖』という杖の形の『魔剣』を持つ。ああ、思えばあの時欠席していたのがこの皇子なのかな。別に皇族は戦う必要は無いのに、戦場に出たがりらしい。

 次男は既に亡くなっている。10年前だと言うから、多分その『影杖』だろう。どんな経緯かは聞いてみないと分からないけど、やっぱり人の命を使って武器を作るのは好きになれない。

 長女のエトメリアン姫は26歳。あんまり話は聞かない。絶世の美女って噂だけど。今は宮殿を離れているみたい。政界にも軍事にも興味が無いらしい。

 そして、三男、24歳のデウリアス殿下も政治にも軍にも興味がない。勉強も剣術も才能があったらしいけど、今は全部放っぽり出して遊んでいるらしい。女遊びだ。自分のメイドには全員手を出してるとか、大概色街に居るとか、そんな話ばかりだ。好きにはなれそうにない。

 最後に次女ベリンナリン姫。彼女は妾の子らしく、生まれてすぐに母親に連れられて失踪したらしい。それ以上の詳しいことは分からない。生きていれば、私と同い年だ。


「……ふぁ」


 欠伸が出る。意外と、のんびり過ごすのも悪くない。


「お腹空いたなあ」

「では、すぐに用意させましょう」

「うわっ」


 長い廊下を歩きながらぽろっと呟くと、どこからともなくラットリンが現れた。

 忍者か。


「と、思いましたが申し訳ありません。ただ今メイドふたりが買い出しに行っております。お待ちいただくか、私でよければ何かお作りいたしますが」

「……じゃあ待ちます」


 料理は、基本的に女性陣が作ってくれる。別に私が料理できない訳じゃないけど、まあティスカの街でも給仕係は城に居たし、せっかくだから作って貰ってる。なんだかんだ、面倒だしね。

 ラットリンはなんかちょっと嫌だから断ったけど。


「あっ。 アッ! アイネ様あっ!」

「?」


 今日は雨だ。出掛ける気にならない私は、適当に屋敷の中をぶらついている。こんな日まで買い出しなんて、メイドは大変だなと思いながら。

 因みに使用人5人は全員住み込みだ。男子ふたりと女子3人でそれぞれひとつずつ、部屋を使ってもらっている。


「しょ、……えっと、お客様! が、お見えですっ!」


 アミューゴが玄関から慌てながらぱたぱたと走ってきた。メイド服がコスプレみたいに可愛い。


「どなたでしょう?」

「えっと、『将軍』様です!」

「!!」


 将軍。

 七将軍のひとり?

 どうしてここが。というより、私に用のある人なんて居たっけ。しかもこんな雨の日に。


「っ!!」

「!」


 とか色々考えながら玄関へ向かっていると、バタバタと激しい音が聞こえてきた。


「……なんでしょう」


 ラットリンが警戒する。私を守るように先頭を歩く。まさか、暗殺? そんな馬鹿な。でも、あり得ない話じゃない。私は客観的に見れば、半年間でいきなり現れて、急に出世した。妬まれていてもおかしくはない。


「カッ! んだよ、大したこと無えなあ!」

「!」

「あっ」


 そんな声が聞こえた。この声。確かに将軍だ。そうか、まだ帝都に居たんだ。


「……よぉー。アイネっち。遊びに来たぜぇ」


 根っから悪意があるような、人を心底見下しているような威圧の声。

 でも、この人は女性だ。


「ゼフュール!」

「きゃあぁっ!」


 ラットリンが叫ぶ。アミューゴも絶叫。先程の激しい音は、戦闘音だったんだ。

 ゼフュールが、壁を背に座り込み、項垂れて気絶していた。


「あー。悪いな。こいつが入れてくんなくてよ。『入った』だけだ。鍛えてんだろ? 死にゃしねぇさ。なあ?」

「…………!」


 悪意は感じる。暗闇から覗きこまれたような寒気を感じる瞳。

 だけど私に対して、敵意は感じなかった。気安く、気さくに、10年来の友人のように。


「——アイネっち」


 私の名前を呼んだ】


——


——


 小柄な女性。

 中肉中背の女性。

 『それ』が。そんな女性が。


 『七将軍』になるには『何』が必要で、『どう』すれば良いのか?


「……『毒矢のシャルナ』!」

「はっは! あたしを知ってるか! いいぞ! サインやろうか?」

「要りません。それより、ゼフュールに『何』をしたのですか?」


 ラットリンが強く睨む。敵意を露にする。アミューゴはどうして良いか分からず、ただ固まっている。


「んー? 知りたいかぁ?」

「この……っ!」


 人を小馬鹿にしたようなシャルナの態度に、激昂するラットリン。


「待って」

「……!」


 だがそれを、アイネが諌めた。ラットリンははっとして我に返り、『激しく自責した』。


「(——馬鹿か私は! アイネ様を差し置いて、怒りに任せ発言するなど! たかが、いち執事の癖にっ!!)」


 ふらつきながら一歩退がるラットリン。小さく、申し訳ありません、と呟いた。


「……将軍」

「おう。ちゃんとした挨拶はまだだったよな。シャルナリーゼ・ホードバリス。一応、帝国南西部戦線を任されてる」

「ええ。存じております。本日はどういったご用でしょうか?」

「——あぁ。遊びを誘いに来たんだ」

「は?」

「こんな、クソみてえな雨の日はよぉ」


 シャルナはにやりと口角を『上げているが』。

 警戒心を剥き出しているアイネの様子など意に返さず。

 さらに吊り上げて嗤った。


「『暗部』であたしと遊ぼうぜ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る