エゴの負託船

神山 緑

プロローグ 作戦開始

「小規模作戦だ。目標は世界の形を変えかねない棺。どう考えても役者は足りんが、世間に悟られては元も子もない」


 部隊長であるノード・レイは作戦ファイルを読み上げる。


 自分を含め、隊員達は呆れながらも話を聞いていた。


 世界の形を変えかねない棺『白雪姫』


 中身は不透明で政府の重役、その中でもごく一部しか知らないトップシークレット。そんな代物を……。


「そんな代物を、クインズに住む民間人にバレることなくテロリストから守れ。この七人で。……俺なら命令無視して、家で映画でも見ますね」


 副隊長のガラン・サノリスが、不満げに口を出す。彼は会話に皮肉を入れることが多い。肌は黒くスキンヘッド。似合わない髭を早く剃って欲しい。


「この任務が終わったら、ゆっくりと羽を伸ばせ。……エフィーダ、聴こえるか」


 強面でモヒカン頭の部隊長が、無線越しにエフィーダ・ネブロへと呼びかける。


「……はい。目標地点到達。侵入完了。ご指示を」


「よし、コルマ。白雪姫の座標を送れ。我々も出るぞ」


「は、はいー!」


 コルマ・テルマは編み込みの入ったハーフアップの赤毛を揺らしながら、慌てて座標を確認し、エフィーダへと送る。さてはあまり話を聞いていなかったなこいつ。


 ノード部隊長はため息をつき、髪のない部分を寂しそうになぞって隊員達へ向き直る。


「……。目標マリファニア研究所。エフィーダが内部で陽動撹乱。最中、残った我々はテロリストの退路を断つ。作戦開始っ!」


「了解」


 研究所内に事前に侵入していたエフィーダは走り出す。コルマから事前に受け取ったファイルによると、テロリストの人数は約20。彼女の任務は白雪姫付近の相手を撹乱し、時間稼ぎをすることだ。


 作戦地点は侵入経路から白雪姫までの第3区画から第5区画。現在の第2区画から距離はそう遠くない。


「エフィーダ、聴こえる?」


 コルマから通信が入る。


「聴こえている」


「第3区画から3人そっちに来てる。速度がおかしい。多分こっちの位置割れちゃってるから、交戦準備をっ!」


「……把握」


 エフィーダは背中のベルトから柄を取り出し、持ち手を強く握って槍頭を表出させる。取り回しの効きやすいように伸縮可能な構成にしている槍だが、屋内ではそれでも少し扱いづらい。


 加えて通路での戦闘だ。位置取りが勝敗を分ける。普通なら。


 視界に映された見取り図と生体反応を確認する。……曲がり角、敵影確認。戦闘行動開始。


 彼女は地面を蹴り、右回りの角に合わせ左側の壁を駆け抜ける。角の先1メートル。男3人。テロリスト。武器は古代兵器のAK-12。


「目標確認っ!」


 ほぼゼロ距離で男の一人が銃を発砲。残りの二人も応戦しつつエフィーダから距離をとる。


 だが彼女は弾速を捉え、常人では不可能な速度で壁を移動。もう一度壁を蹴り男の上空から、槍で弾を弾きつつ急降下。なんとか避けようとした前方の男の回避速度を圧倒的に上回り、身体を斜め正面から一突きで刺し貫く。


「……!」


 しかし刺された男の足場には手榴弾が落ちており、彼女が他の2人に目を向けた時には彼らは爆発圏外から再び銃を発砲。それと同時に手榴弾は起爆し辺り一体は煙塗れになる。


「手を止めるな!撃ちまくれっ!」


先ほどから指示を出していた隊長らしき男は、もう1人が発砲を続ける中、通信を繋ぐ。


「こちらサラマンダー隊。敵と遭遇。一人落とされた。警戒をっ……」


 その瞬間、煙の中から槍が飛び出し、発砲していた男の腹部に命中。そのままは男は倒れ、爆煙の中からはエフィーダが現れた。


「……貴様。新人類ニューレイスか」


 しかし男の問いかけに彼女は答えない。


「何か言え、造り物の殺人兵器がぁ!」


 男は脚につけた室内用のミサイルランチャーを発射し、武器を持たないエフィーダの動きを制限する。ミサイルを避ける彼女の移動に合わせAK-12の照準を合わせ撃ち続けた。


 しかし銃弾は虚しく壁へ地面へとばら撒かれ、痛々しい金属音を響かせるばかりだ。彼女は気づけば部下に刺さった槍を引き抜き男を睨む。


 男は怯みながらも銃を捨て、コンバットナイフであるUSMC MarkⅡを取り出し接近。エフィーダの動向を伺いつつ、彼女の外装で皮膚の露出している首と左肩を狙って斬りかかる。


 エフィーダの槍での高速な突きを左腕を犠牲に受ける。吹き飛んだ左腕に狼狽ることなく、間合いを詰めた状態で首への一突きを男は狙った。


 だが気づけば彼の身体は宙へと舞う。


 遠のきそうな視界の中理解した。エフィーダはどうやら自分を目に見えない早さで蹴り上げたようだ。


 最後に彼女の哀しそうな表情が見えた。途端、男は意識を失った。


 槍で壁へと打ち付けられ、力なく地面へと垂れ死ぬ男の姿を彼女は直視した。直視した後、ただ前を向いた。


 振り返るわけにはいかない。彼らは本気で命よりも私と戦う事を選んだ。ならばその意思に応えよう。


 謝罪は彼らへの愚弄だ。いつの日か弔いとして、誰かが私を殺しにくる。そう信じなければ、私は槍を握れない。


「こちらエフィーダ・ネブロ。第三通路クリア。これより第三区画に向かい、戦闘、撹乱を続行する」


「了解。必ず生きて帰れ」


 エフィーダからの通信が切れると、ノードは艦内のモニターからクインズの街並みを見る。


 オフィスビルや商業施設。公園や多くの店に公共施設等、狭い土地を最高のパフォーマンスで使用するために設けられた人々の暮らしに密接な数々の建物。そこに住む沢山の声。


 平日の昼下がりということもあって住宅街から来たのであろう親子連れが、幸せそうにこの街を歩いている。


 僅かな緑と殆ど変わらない生活を精一杯生きる人々の姿を、我々は守らなければならないはずだ。


「……人の未来と地球の未来。天秤にかけるには、あまりに重すぎるな」


 彼はそう呟くと、もう一度作戦ファイルへと目を向けた。


 その後、光学迷彩を展開しながら艦は研究施設上空付近へと滞空、艦内ハッチが開く。


「パラシュートは装着したな。全員、落下死する余裕はないぞ」

「ノード隊長。今日はやる気ですね。ジョークがそれっぽい」


 ガランがハッチ付近で降下準備をするノードを茶化す。


「ガランが降下に失敗したら、次は美人で性格の良い隊員を迎えるとしよう」

「ちょっと、ノード隊長っ⁉︎」


 ガランのオーバーリアクションを無視し、ノードはハッチから飛び降りた。相手にされないガランはつまらなさそうに後に続く。


「なぁケリー。美人ってのは前提として髪の長さはどのくらいがお望みだ? 俺はショートでイカした女が良いね」


 そう言ってフェイト・ネームドはお気に入りの古代兵器であるアサルトライフルSCARを手に持ち飛び降りた。無口なネロ・ノーネームも続く。


「答え聞かないんですか……。というか、銃は地上に着いてから持つでしょう普通」


 だが今は一々反応してはいられない。無駄話をしている間にもテロリストは白雪姫を狙っている。


「……セブンスイン。ケリデリコ・サザンスタ。出るっ!」


 そう言ってケリーは、ハッチから出撃し、大きな青空へと飛び立った。


 風の抵抗がもの凄い。轟音が耳の中で暴れまわり落ち着かない。


 地上で落ちていく中、出撃前の会話を思い出す。


 これから任務だというのに緊張感のない先輩連中に思わずため息が出た。


 しかしこれがこの部隊の在り方なのだろう。ならばきちんとその一部にならねばならない。


 地上に人類が住めなくなってから、人は空へと船を造った。15億もの人口を有するその船の名はエデン。宙船と呼ばれる超巨大な飛行船だ。


 そのエデンを治めるエデン政府が有する軍隊、「シリウス」のエリート特殊部隊の一つ、セブンスイン。


 今の俺の居場所。


 いつか覚えていたら、フェイトにはロングヘアが良いと伝えよう。

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