第135話

 ──やれやれ、本当に行っちまったよ、ラトレイアのやつ。


 アレクはルネリーデを少し離れた場所にある馬車まで運ぶと、溜め息を吐いた。

 剣聖ルネリーデの治療は問題なく終わった。切断された手や鉤爪で貫かれた両足も元通りになり、すぐに治療できた事から後遺症もないだろうとの事だ。ただ、アレクの時と同様、血を失い過ぎて死の淵を彷徨っていたので、目覚めるまでは暫く時間が掛かりそうだ。今はゆっくり寝かせてやるのが良いだろう

 そして、聖女ラトレイアはルネリーデの治療を終えるや否や、ララの援護に向かった。

 アレクとて止めなかったわけではない。明らかに竜人族の力は人族が戦える次元ではない、ティリス達に任せておいた方が良いと説得した。

 ラトレイアがいくら<強化魔法>で身体能力を強化しても、それは人族の域に留まる。現に、鬼族の中でも変異種で、異次元な身体能力を持つ鬼族の姫でさえ苦戦しているのだ。人族であるラトレイアが参戦しても、足手まといになる可能性が高い。

 しかし、あの好戦的な聖女がアレクの忠告に聞く耳など持つはずがなかった。というより、彼女はとても怒っていたのだ。


『ルネリーデがここまで酷い事されて、挙句に二対一でララちゃんが苦戦してるってのに黙って見てろっていうの? そんなの、出来るわけないでしょ。っていうかね、私が自分の手でボコらないと気が済まないのよ!』


 聖女はそう言ってルネリーデを馬車まで連れていくように指示すると、鼻息荒く戦場へと向かった。


 ──にしても、ボコるって……どんだけ暴力的な聖女様だよ。


 彼女の変わらぬ性格には思わず苦笑が漏れた。

 聖女は剣聖の治療をしている最中も、ララが不利な様子を冷や冷やした様子で見ていた。彼女の好戦的な性格上、おそらく止めても無駄だというのはわかっていたのではあるが、彼の本心は別にあった。

 ラトレイアの身を案じている、というのももちろんある。しかし、彼は彼女に行って欲しくなかったのだ。いや、ティリスやララと肩を並べて戦えるというのが羨ましくて堪らなかった。

 これは、山賊の頭目ヤーザムに負けた時と同じ自分への失望感だ。あの時と同じく自分への情けなさで胸がいっぱいになる。無論、ここでティリスに八つ当たる等という愚行はもうしない。だが、結局のところ、彼の中にある蟠りは何も変わらず残っているのだった。


 ──所属する場所が勇者パーティーから〝夜明けの使者〟に変わっても、俺の役目は変わらないんだよな。


 馬車の中で眠るルネリーデに毛布を掛けてやり、小さく息を吐く。

 変わらぬアレクの役目──それは、後援としてこうして留守番をする事だ。

 それが嫌で、〝夜明けの使者〟となってからはティリス達と共に前線にも出る様にしていた。

 しかし、山賊討伐にせよ、大食植物との戦いにせよ、変に自分が前に出てしまうとどうなるかというのは、ここ最近に痛いほど解った。怪我をしてティリスを泣かせてしまう事にしかならないのだ。アレクとしては、彼女に心配を掛けてしまう事だけはもうしたくなかった。

 だからこそ、意思には反するものの、今もこうして戦場から離脱している。だが、だからと言って自分のこの状況に満足しているわけではない。


 ──俺はあいつらのまとめ役なのに、どうしてここで座ってる事しかできないんだよ。


 高台まで移動して、戦場を遠目に見る。

 ララとラトレイアの連携によって、形勢はみるみるうちに逆転していた。

 竜人族が魔法を撃てばラトレイアが<聖壁>で防ぎ、同時に<聖弾>で反撃。それと同時にララが飛び出して、空を飛んでいる竜人を地面に叩き落とした。

 アレクと身体能力にそれほど差がない聖女であれど、ラトレイア程の秀でた才能があれば、共に戦えるのだ。それは今は眠る剣聖にも言えるだろう。

 そこに、アレクだけが共に交われない。その疎外感と孤独感が、彼の心の中には常にあった。


 ──いや、違う。ここで落ち込んでたら、前と同じだ。考え方を変えろ。


 アレクは闇の淵に飲み込まれそうになる自らの心に、そう叱咤する。

 ティリスやララと共に戦うのは、実力差がありすぎて無理だと諦めていた。しかし、人族であれどもある程度戦えるのであれば、共に肩を並べる事はできる、という事をラトレイアは証明してくれたのではないか。

 無論、ラトレイアやルネリーデは才能に溢れている。しかし、彼女達が才能だけの者でもない事も彼は知っていた。

 ラトレイアは〝夜明けの使者〟に加入後も聖魔法の鍛錬を怠ってはいなかった。例えば、別々の魔法を同時に使える様になったのはつい最近で、勇者パーティーに居た頃にはない技術だ。

 ラトレイアはラトレイアで聖女という立場に慢心せず、パーティーの足を引っ張らぬ様に努力をしているのだ。


 ──俺も、変わらないといけない。皆と一緒に〝夜明けの使者〟を名乗るなら、尚更だ。


 ラトレイアの戦いぶりを見ていて、アレクは改めてそう思った。

 大人になってからの仲間とは、何かしらで肩を並べていないと仲間でいられない。例えば、飲んだくれの浮浪者が日々努力して夢へと邁進する者と友達になる事はできないのである。


 ──あいつらと肩を並べられる力が欲しい。


 弱きテイマーは、今日も変わらず自らの弱さと向き合うのだった。


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【コメント】


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罠に掛かった鶴を助けてあげた夜、銀髪の美少女から同棲を申し入れられました。どう考えても助けた鶴なので、全力でこの同棲生活を死守します。~大江戸ラブコメ&スローライフ浮世草子~

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