【幕間】とある勇者に起きた悲劇(勇者編)

【番外編】とある勇者に起きた悲劇

 マルス=ノアイユ──ルンベルク王国王子にして王位継承者。加えて彼は、国を代表する勇者だ。

 彼はこれまで、何でも得られて当たり前だった。才気に恵まれ、武術や魔術にも優れていた。才能も資産も人脈も、必要なものは全て持っていた。奪われる事など、考えた事がなかったのだ。

 それはパーティーも同じだった。勇者マルスのパーティーは、彼自身でも思うほど、最強の面子で固められていた。

 身体の欠損ですら治せる回復師ヒーラー・〝聖女〟ラトレイア、ルンベルク王国随一の剣豪にして剣聖の異名を持つルネリーデ、同じくルンベルク王国随一の魔力を持つ賢者アルテナ……そして、シスター・シエル。シエルはただ彼の好みの女であったからという理由でパーティーに入れたが、彼女も治癒魔法の能力は高い部類に入る。いや、マルスの役に立とうと努力し、彼女も成長を重ねてきたのだ。

 マルスは、この国でこれ以上のパーティーはもう組めないとすら思っていた。苦戦はしたが、ドラゴンも倒して竜殺しドラゴン・スレイヤーの異名を持つに至った。

 しかし、そんな竜殺しドラゴン・スレイヤーの異名を持つ彼が、本日圧倒的な敗北を期した。初めて奪われる側になったと言っても過言ではない。

 彼に敗北を味わわせたのは、テイマー・アレク。自分がパーティーから追放した弱きテイマーだ。

 彼は、美しい上位魔神グレーターデーモン鬼族の姫オーガ・クイーンを従えて、マルスに報復にきた。そして圧倒的なまでに力の差を見せつけ、聖女ラトレイアを奪って行ったのである。

 彼らの襲撃に手も足も出なかった上に、戦力的に不可欠だった聖女まで失った──これはマルスのパーティーにとっては大損害であった。聖女ラトレイアの穴埋めは、そこらのシスターや司祭を10人集めても不可能なのである。彼女はそれほど代わりの利かない人物だったのだ。

 ラトレイアには王妃にしてやると言ってあった。性格にやや問題はあったものの、〝ルンベルクの奇跡〟との異名を持ち、美しい容姿も持っていたので、王妃にはぴったりだった。しかも、彼女はテルヌーラ女神教から〝聖女〟の称号を与えられている。彼女を王妃にしておけば、王族と教会との関係も安泰のはずだった。表面的な妻はラトレイア、妾として好みの女であるシエルを置いておけば、彼にとっては王位継承後も今と変わらぬ生活が送れるだろうと思っていた。

 しかし、その聖女ラトレイアが裏切った。さしものマルスもその事態は想定していなかったのだ。


(くそ……! ふざけるなよ、ラトレイアめ。予定が台無しだよ。見つけたら反逆罪で殺してやる)


 本来であれば、すぐにパーティーを補強する事を考えなければならなかった。そして、ラトレイアが裏切った事を教会に伝え、教会からも謝罪を要求してやろうと考えていた。

 しかし、今日のマルスはそこまで頭が回らない。ただただ余裕がなかった。初めて経験する敗北が悔しくて堪らなかったのだ。

 宿屋に戻るや否や、怒りのはけ口としてシスター・シエルと賢者アルテナを抱き続けた。

 剣聖ルネリーデも彼の妾候補の一人であったが、彼女も本日初めての敗北を期した。怪我はラトレイアが去り際に治してくれたが、とてもではないが声を掛けられる雰囲気ではなかったのだ。

 執拗にシスター・シエルを攻め続け、よがらせて、マルスはそれで悦に浸っていた。シエルはマルスがアレクから奪った女だ。その女を喘がせる事で、彼は何とか自尊心を保たせていたのである。

 そして、存分に怒りを何度もシエルの中にぶちまけると、精魂も果てて……彼はシエルの胸の中で、そのまま眠りに落ちた。


◇◇◇


 マルスは夢を見ていた。夢の中には何もなく、真っ暗だった。真っ暗ではあるけれど、そこは夢だとはっきり認識できる……何とも不思議な感覚だった。


「誰かいないのか!」


 そう声を上げると、ふわっと光が彼の前に舞い降りた。

 その光の元まで歩いていくと、そこには銀髪の美しい女がいた。この世のものとは思えぬほど、絶世の美女。

 その女は記憶に新しい。いや、忘れるはずがなかった。マルスは今日、彼女にコケにされたばかりなのである。

 彼女はアレクのサーヴァント。上位魔神グレーターデーモン・ティリスと名乗っていたように思う。

 今は敵意がない。というより、やけに好意的な表情だった。頬を染め、まるで町娘のような上目遣いでこちらを見ている。

 マルスは彼女を見て、愛しいと感じた。アレクには勿体ない。王子である自分の横に置くべき女であると思えてならなかった。

 その潤んだ紫紺の瞳も、白い肌も美しい銀髪も、細い体も今すぐにでも自分のものにしたい……マルスはそのように考えていた。女性経験にはかなりの自信があったが、この上位魔神グレーターデーモンは今まで抱いたどの女よりも彼女は美しかったのだ。


(そうだ……僕はラトレイアを奪われたのだから、こいつをアレクから奪えばいい)


 そしてこの女の力を以てして、アレクやラトレイアも殺してしまえばいいのだ。

 ルンベルク王国の王子はそのように考えていた。

 この上位魔神グレーターデーモンにどういった事情があるのか彼は知らなかったが、王子である自分とアレク、どちらを選ぶべきかは愚かな魔物でもわかるだろうと判断したのだ。

 それでいてなおアレクを選んだ聖女ラトレイアは、魔物以下に愚かだったと彼は解釈している。


「アレクなんかよりも僕のところに来い。何でも好きなものをくれてやるぞ」


 そう訊くと、銀髪の美玉は恥ずかしそうに微笑んだ。その笑顔は承諾の意図だろうと彼は踏んだ。


(やっぱりこの女も僕を選んだ)


 当たり前だ、と思って彼女に触れた瞬間──


(書籍版『落ちこぼれテイマーの復讐譚』3巻に続く)

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 番外編『とある勇者に起きた悲劇』の続きは、書籍版『落ちこぼれテイマーの復讐譚』3巻で読めます。以下のリンクを参照ください。

https://kakuyomu.jp/users/kujyo_writer/news/1177354054893746321

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