八つ当たり

「アレク様!」


 山賊達が降伏するや否や、ティリスがいの一番に俺に駆け寄って、手を差し伸べてくれる。

 最初は近くにいたラトレイアが俺に手を貸そうとしたが、ティリスが駆け寄ってくるのを見て、手を引くのが見えた。


「大丈夫ですか、アレク様!」


 ティリスが泣きそうな顔をして俺に触れてくる。

 俺は「大丈夫、蹴られただけだよ」と彼女に向けて、苦い笑みを向けた。それを見て、ティリスがほっと安堵の息を吐く。

 本当のところを言うと、全然大丈夫じゃなかった。体の方ではなく、心の方が、だが。

 自分が情けなくて、仕方がなかった。

 ティリスやララに守られるのは仕方がない。彼女達の強さは人知を超えている。仮に俺が勇者マルスほどの実力があったとしても、彼女に守ってもらう事になっていただろう。

 しかし、俺が今守られたのは、同じ人族で、しかも聖女だ。近接戦闘や攻撃魔法のスペシャリストでも何でもない、一般の女性とほぼ変わりがないラトレイアに守られたのである。

 いや、ラトレイアも勇者パーティーで過ごすうちに、もしもの事態に備えて護身術をああして学んでいたのだろう。しかし、それでも──俺は男なのに。自分よりも腕力が劣る彼女に助けられたのだ。

 ただただ、自分が情けなかった。


「アレク様……? 本当に大丈夫ですか?」

「ああ、うん。何でもない」


 ティリスは相変わらず心配そうに俺を見ている。しかし、何だか今の俺には憐れまれているように思えて、その紫紺の瞳を直視できなかった。

 彼女から目を逸らして洞窟の奥を見ると、ララとラトレイアが協力し合って生き残った山賊達を捕縛していた。


「だから……アレク様には前線に来て欲しくなかったんです……外でララと待っていてくれたら、それでよかったのに」


 そうなのかもしれない。その方が安全なのは間違いなかった。

 しかし、そんなの……あまりに情けないじゃないか。俺だって仲間なのに、一緒に戦えないだなんて。いつも高見の見物をしているだけなんて、あまりにかっこ悪い。


「今度から、もうこういうのはやめて下さい」


 ティリスは俺の返事を待たず、涙ながらに続けた。


「前にも言った通り、アレク様を人質に取られたら……私は、何でも言いなりになってしまうんです。ララやラトレイアを殺せと言われたら、殺してしまいます。私にとって……アレク様は、そういう存在なんです……ッ」


 彼女が俺の肩に額を押し付けて、嗚咽を堪えた。

 そうだった。ララと契約をする際も、ティリスは他の女と契約するのを嫌がる俺にそう説得したのだ。自分の中で納得できない気持ちは蠢いていたが、ティリスの言う事は最もだった。間違っているのは俺で、彼女は正しい。

 ここはきっと謝った方が良い。そう思って、ごめん、と頭を撫でて謝ろうとした時だった。

 彼女の次の言葉で、俺の手が止まった。

 

「アレク様の役目は戦う事じゃありませんから……無理しなくて、いいんです」


 ティリスはぎゅっと俺の服を掴んで呟いた。

 一度は納得できない気持ちを何とか抑え込もうとしていた。しかし、この言葉が、俺の中にあった不満や情けなさを掻き毟ってくる。

 苛々して、どす黒い感情が溢れてくる。どうしたって、そんな事を言うんだ、と納得できない気持ちに襲われる。

 ティリスに悪意がないのはわかっている。きっと俺の事を思いやって言ってくれているのは間違いない。でも、俺は自分の中から湧き上がってくる黒い感情を抑えつけられなくて、最低な言葉が浮かんできてしまう。

 こんな事は言ってはいけない。彼女を傷つけてしまう。でも、それでも──俺は抑え切れなかった。


「じゃあ、俺の役目ってなんだよ」

「えっ……?」

「俺の役目って何なんだよ! 俺に何の役があるっていうんだよ!」


 ティリスがびくっと顔を上げて、一気に困惑した表情をしている。

 どうして俺が怒るのか、彼女は理解できなかったのだ。当たり前だ。彼女は無力な者を理解できない。そして、そんな無力な俺を心配してくれているだけなのだから、どうして俺が怒っているかなど、理解できるはずがないのだ。


「勇者から追い出されて、生きる理由も役目もなくて、ただどこかで朽ち果てるだけの運命しかなかった俺に……何の役目があるっていうんだよ!」


 俺がいきなり声を荒げたので、ラトレイアとララが驚いてこちらを見ている。


「アレク様、違います、そういう意味じゃ……ッ」

「俺の役目? もしかしてこう言いたいのか? 女型の魔物に節操なく手ぇ出しまくって営んで、サーヴァント増やしまくるのが俺の役目だって言いたいのかよ! どこぞの種馬勇者みたいに」


 言ってしまった、と俺は言葉に出した瞬間後悔した。

 最悪だ。ティリスがこんな意図でものを言っているわけではない事くらいわかっているのに。最も彼女が傷つくような物言いをしてしまった。


「……アレク、様……」


 恐る恐る彼女の方を見ると、キラキラと光る紫紺の瞳から汚れのない涙がぶわっと浮かんで、頬を伝って流れ落ちていた。

 ああ、やっぱり泣かせてしまった。違うのに。ティリスを傷つけたいわけじゃないのに。俺がただ、矮小で、弱くて、そんな自分が嫌いで、それが許せなかっただけなのに……八つ当たりみたいに言ってしまった。


「くそッ!」


 俺は近くにあった樽を蹴飛ばして、彼女に背を向けて洞窟の出口へと向かった。何に苛立っているかなど明白だ。心も体も弱い自分自身が、何よりも許せなかった。


「おい、アレク!」


 ララの声が後ろから聞こえたが、敢えて無視をした。いや、止まれなかった。

 あんな最低な事を言って、どんな面を下げてティリスと顔を合わせればいいのか、わからなかったのだ。

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