勇者の尻ぬぐい③
「くそたらぁ! 後ろの女人質に取ってやる!」
物陰に隠れていた男──頭目のヤーザムだった──が、ラトレイアめがけて襲い掛かってきたのだ。
ティリスとララの前衛陣とは少し距離が空いてしまっている。俺が何とかするしかない。
「ラトレイア、下がれ!」
「アレク!?」
咄嗟にラトレイアとヤーザムの間に割って入って、ヤーザムの剣を受ける。腕にもの凄い圧力を感じて、思わず剣もろとも吹き飛ばされそうになった。
「ちぃ、邪魔が入ったか! まずはお前から殺してやるぜ!」
頭目が
だが、剣技・腕力ともにヤーザムの方が上だった。どんどん押されて行って、防戦一方だ。よりによって頭目が後ろに出てくるなんて……。
「ハハッ、なんだぁ? 強ぇのは化け物の女だけか? 男はてんで弱ぇぞ!」
ギリギリと鍔迫り合いをしながら、ヤーザムが下卑た笑みを漏らした。気を抜くと弾き飛ばされそうになってしまう。
俺はこの時、あまりの自分の弱さに絶望していた。ヤーザムとて、頭目とは言えどただの山賊である。ちょっと一般人より体が大きいだけの男だ。それ以外は何の力も感じない。しかし、俺はこんな山賊風情にすらこうして力で圧倒されてしまうほど……弱いのだ。
当たり前だ。ティリス達が仲間になって強くなった気でいたが、俺自身は何も変わっていない。勇者パーティーから追放された時と、何も変わっていないのだから。
「アレク様!?」
前方にいたティリスが顔を青くして俺の方に駆け寄ろうとするが、その時ヤーザムが他の山賊達に発破をかける。
「お? もしかして、この男がその女の弱点か!?」
さすが卑怯な事に長けた山賊と言うべきか、弱点を見抜くのが上手い。弱点呼ばわりされて情けない事この上ないが、事実だった。
「おう、お前等! その化け物女どもをこっちに近付けんじゃねえぞ! 俺がこの男とこの上物の女を人質に取ってやるぜ! このヤーザム様に手を出した事を後悔させてやれ! 手柄立てた奴は好きな女くれてやるぜ!」
その声に、配下の山賊達が一斉に呼応して反応してティリスとララに総攻撃を仕掛ける。
「くそ、邪魔だっつーの、雑魚が!」
「アレク様、少しだけ耐えて下さい! すぐに行きますから」
ララは一斉にとびかかってきた男達を振り払い、ティリスも同じく手刀で山賊達を切り裂いている。きっとすぐに加勢に来てくれるだろうが……俺の方が耐えられそうになかった。
ヤーザムの怪力──とは言えただの人族──から繰り出される剣撃に、俺の腕が耐えられない。何合か打ち交わした後に、バキィンという音と共に、俺の剣は弾き飛ばされてしまったのだ。そして俺の腹部にはヤーザムの膝が突き刺さる。
「うぐっ……」
「ハハッ、もらったぁ!」
苦悶の表情を浮かべて体をクの字に曲げた俺に向けて、ヤーザムの曲刀が振り上げられた。
「アレク様!」
剣が俺に向かって振り下ろされるている時、ティリスが今にも泣きそうな悲鳴を上げているのが耳に入った。
(ああ、やばいな。俺、こんなに弱かったのか)
あまりの弱さに、呆れて笑みが漏れた。俺はこんな普通の男にさえ勝てないくらい、弱かったのだ。せめてティリス達が加勢に来るくらいまでは何とかなると思ったのだけれど……死にさえしなければ、ラトレイアが助けてくれるか……?
(俺が大怪我したら、ティリスはまた泣くだろうなぁ)
振り下ろされる剣を見てそんな事を考えていた時──俺の前に女が立ちはだかった。ラトレイアだ。
曲刀はラトレイアに向かってそのまま振り下ろされるが、聖女は杖でヤーザムの剣を真正面から受け止めた。
「なっ、ラトレイア!?」
「いつから私が……あんたに守られるくらい弱くなったっていうのよ!」
ラトレイアは額に汗を浮かべながら、ぎりっとヤーザムを睨みつける。頭目は、ラトレイアの顔を凝視すると、顔を真っ青にして引き攣らせた。
「な、この女は……! まさか、あの時勇者といた……!?」
「久しぶりね、下衆野郎。どこぞの種馬勇者みたいに……私達は甘くないわよ!」
ラトレイアはそのまま杖で剣を受け流してヤーザムの体勢を崩すと、そのまま杖の柄をくるりと回して、頭目の後頭部目掛けて叩きつけた。ヤーザムが「うぉっ」という呻き声と共に前のめりに倒れそうになっている。
「母なるテルヌーラよ、悪しき者に鉄槌を!」
その隙を逃さず、青髪の聖女は早口で詠唱を唱えて、<
(おいおい……ラトレイアも十分強いんじゃないか)
今の杖捌きからして、護身術として杖術を学んでいたに違いない。いや、彼女とて勇者パーティーの一味だ。いつでも自分が守ってもらえるわけではなく、もしもの時の為に、しっかりと自分を守る術を身に付けていたのだろう。その証拠に、今の杖術から<
(聖女のラトレイアでさえも護身術を身に着けてたっていうのに、俺は……)
強いサーヴァントがいる事にかまけて、何の努力もしてこなかった。そのほんの少しの努力が、今こうして出ている。
一番弱そうに見えた聖女にあっさりと頭目がやられた時点で、勝敗はついた。ヤーザムが白目を剥いたのを確認するや否や、山賊達は一斉に武器を捨てて命乞いを始めたのだ。
戦いは山賊達の全面降伏で終わりを告げた。戦いには勝ったが、俺はひとり、敗北感に襲われていた。
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