魔神と鬼の再戦

「……どうしてこうなった?」


 俺は意識を朦朧とさせながら、目の前の予想だにしなかった光景に対して必死に頭を巡らせる。

 そう、これは収穫祭だ。みんなで楽しくお酒を飲んで飯を食らい、幸せな時間のはずだった。しかし、今俺の目の前では起っている事はなんだ?

 村人中の人間が面白可笑しそうに俺を見ている。困惑しきっている俺を誰も助けようとしない。それどころか、「いいぞもっとやれやれ!」「ララちゃん負けるな!」「ティリスさんまだまだ!」など完全に酒の摘まみに観戦を楽しんでいる。

 テーブルの上に並ぶ火酒スピリッツの空き瓶、そして俺の左右から聞こえる荒い息。しかも酒臭い。


「アレク様ぁ……しゅきぃですぅっ……」


 俺の右手側には白く美しい肌を真っ赤にした上位魔神ティリス(呂律が回っていない)。普段とは全く異なってだらしない顔のまま、右腕を掴んで離さない。

 とろんとして最高に色っぽい瞳でこちらを見て来る。ぐ、可愛い。


「おいコラおめぇ、酔っぱらってんじゃねえぞこの白髪女! もう負け認めちまえ! お前はあたしに負けて今日はアレクを譲──ぐうえええええ……死ぬぅ……」


 俺の左手側には一見素面かと思われた鬼族の姫ララ。しかし、吐きそうになりながら口を押さえて、俺の左腕を掴んでいる。絶対にここでは吐くなよ。頼むから。


「わたしのはぁ、白髪じゃありません~。 ぎんぱつれすぅ~」


 どうでもいいところにはしっかりと反論する銀髪の美しい魔神──ではなく、ただの酔っ払い女。


「うっせぇ! 負け犬は銀でも白でも同じだ! とっとと失せて納屋で寝てやがれ!」

「やぁらぁ、アレク様譲ららぁい!」


 俺を挟んで酔っ払い同士(魔神と鬼族)の大喧嘩が始まっている。

 ふとブリオーナ平原での2人の戦いが脳裏に蘇って、体をぶるっと震わせた。だめだ、あれの再現だけは何としても止めなくてはならない。こいつらが間違って力を解放して喧嘩をおっぱじめてしまったら、真ん中にいる俺はもちろん、こんな小さな村なんて一瞬で消し飛んでしまう。いや、それどころか森が焼け焦げる。

 酔っ払っている場合ではなかった。


「ほら、お前等よく頑張って飲んだなぁ。そろそろおねむの時間じゃないか? ベッドに戻ろうか。な?」


 俺とて酔っぱらっていないわけではない。この2人のペースに合わせて結構飲んでしまったので、思考回路がゆるゆるだ。

 だが、何とかこいつらの戦いを収めてからでないと、次に目覚めた時は天国でしたでは洒落にならない。


「やぁらぁ! ティリスはぁ、まだ負けてません!」


 ピッと手をあげて元気よく返事したかと思うと、ふらりと倒れそうになるので慌てて支える。

 そして、俺の腕を支えに起き上がって、テーブルの上にあった火酒スピリッツの入った杯を手に取り、ぐびりと一気に飲む。


「あーっ! もう飲むな、バカ!」

「ふへへぇ~、飲みましたっ」


 にっこり笑顔のふらふらティリス。可愛い……可愛いけどダメだ! もう完全に酔っぱらってやがる。

 顔はさっき食べたトマトのスープみたいに真っ赤だ。


「ま、まじかよ、くそ……あたしももうやべえってのに……いや、でも……くそ!」


 ララは自らの顔をぱちぱちと叩いて、顔を振る。よく見るとララの顔はもう真っ青だ。どう考えても限界を超えている。


「おいテメェ! さっさと注げ!」


 近くにいた村人に、空になった杯を差し出す。村人も面白がって火酒スピリッツを注ぐものだから、もう歯止めが利かない。


「お前ももうやめとけって!」

「うっせえ! 喧嘩でも負けて、酒でも負けられるかってんだ!」


 なみなみと注がれた火酒スピリッツを見て、ごくりと息を飲むララ。

 酔いが回ってわけがわからなくなっているティリスに対して、酔いが回りつつはっきりと意識を持っているララの方がつらいだろうな、と見ていて思う。

 そしてララは意を決して──火酒スピリッツを一気に飲み干した。


「あたしは──負けねえっ!」


 まるで勝者の如く吠え、盃を天に掲げるララ。上がる歓声。

 俺はもう一度問う。どうしてこうなった──?

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