満足感と達成感

 それから俺達は畑を耕し続けた。2日間、交代で休憩と睡眠を取りつつ、延々と畑を耕す。

 短時間睡眠で働き詰めはかなり辛かった。途中から、どうして俺はこんな見ず知らずの村で無給で労働しているのだろうか、と思う気持ちにも襲われたけれど、どうしてか嫌な気持ちにはならなかった。

 多分、俺はに喜びを感じているのだろうと思う。そして俺にここまで余裕を取り戻させてくれたのは、間違いなくティリスだった。

 そのティリスは今も村の女達と楽しそうに作業をしている。そう、魔族である彼女が、人族に混じって、である。

 魔族にとって人族は、見下すべく存在のはずだ。出会った当初は彼女もそう思っていたように思う。しかし、その彼女も今、こうして人族と共に働き、過ごしている。ずっと追われて生活していたから周囲への警戒心や敵愾心が強かっただけで、彼女はやっぱり、とても優しくて穏やかな性格の持ち主なのだ。

 ララだってそうだ。人族のルールをなんとなくわかってきたからか、村の男達と楽しそうに話しながら働いている。

 ティリスやララの頑張りもあって、村長から「ここまでしてもらっておいても御礼ができない」と言われたが、もちろん礼など不要だと言ってある。しかし、旅人で且つ無償で手伝ってもらって、放置するわけにもいかないのが人情。村人達はご飯をご馳走してくれたし、寝床も提供してくれた。それでいて感謝されるのだから、無償も悪いものではないな、と思うのだ。


「終わったー!」


 鬼族の姫ララの大きな声が上がった時、村人全員から歓声と拍手が起こる。

 家の中で作業をしていた女達もわざわざ外まで出てきて歓声を上げている。ティリスもそれに混じって一緒に嬉しそうに拍手しているのがちょっと可笑しい。

 何だか謎の一体感が、この名もなき村に生まれていた。

 男達もララの声と同時にぺたりと地面に崩れ落ちる。なんだかんだ言ってララが一人で半分くらいを耕してしまったのだが、彼女がいなかったらと思うとぞっとした。


「農作業って大変なんだなぁ」


 俺もさすがに足腰が限界で、へたり込んでしまった。これから食べ物を食べる時は感謝しよう。

 だが、ここで終わりではない。ここからが本番である。

 少しだけ休憩してから、今度は老若男女問わず全員で畑に種を植えていく。とりあえずどれが何の種かはわからないので、村人達に言われるがまま、言われた通り距離を空けて、ひたすら植え続けた。これもまた足腰に堪える作業だった。

 ただ、全員で植えれば、広大な畑と言えどもそうはかからない。半日と少しで畑ぎっしりに種を植えられた。


「じゃあ、ティリス」

「はい、アレク様」


 ティリスは頷いて、肥料に付与魔術エンチャントを掛けていった。そして、今度はその強化肥料を種の上から万遍なく振りかけていく。これも全員でやったので、思ったほど時間がかからなかった。村民達は「いつもの肥料と何が違うんだ?」と不思議そうにしていたが、それは俺にもわからない。ティリスを信じるしかないだろう。

 畑耕作と種と肥料まいて、合計3日と少し。ようやく全ての作業が終わった。

 終わった瞬間、疲労と達成感で皆それぞれが崩れ落ちた。男も女も関係なく、村全体が一致団結して取り組んだ作業だ。村人間でも達成感があったようで、横の人と抱き合ったり一緒に倒れたりしている。

 ちなみにララは救世主として胴上げされていた。きっと小さくて軽いから持ち上げやすいのだろう。ただ、ああ見えてここにいる男達全員よりも遥かに力持ちなのである。

 そんなララの胴上げを見て村人の笑顔で溢れたひととき。

 魔法の大松明の効果も相まってだろうが、これはこれでとても綺麗な光景だった。


「人族は……凄いですね」


 ティリスが座り込んでいる俺の横に並んで座り、そう言った。柔らかい笑みを浮かべて、皆の喜ぶ顔を眺めている。


「ほんとにな。オーガじゃ考えられねえ」


 村人達に救世主として胴上げされていたララも俺のところに逃げてきて、やれやれと腰をすとんと降ろした。

 彼女達によれば、魔族にせよオーガ族にせよ、こういった危機的状況に陥った場合は人族のように一致団結しないのだと言う。もし食糧難になれば強い奴が手に入れ、それを分け与えるという主従関係が出来るそうだ。結局は力が全て。それは魔族でもオーガでも変わらないらしい。


「こうして協力し合って、一緒に喜び合える人族は……とっても羨ましいなって思います」

「だな。あたしも初めて見た」


 出会った時は『人族など草木と変わらない』と言っていたティリス。そして、人族を蹴散らしていたララ。

 俺のサーヴァントとなり、人族と関わりを持つ事で、そんな彼女達の認識も変わりつつあるのだろう。それは俺にとっても嬉しい事だった。


「弱いからこそ……協力し合うしかないんだよ、人族は」


 その光景を見ながら、俺はぽつりと言う。


「でも、弱肉強食なのは魔族もオーガ族も人族も変わんなくてさ。結局、例えば賊だったり領主だったりがその気になれば、殺されたり奪われたりしてしまうんだよ。ちょっと前の俺もそうだったし」


 こういった小さな村の人達は奪われる典型だ。こうして幸せに満ちた空間でも、いつ蹂躙されるかわからない。

 それこそ、俺がマルスから奪われ続けていたというのと変わらないのだ。


「アレク……」


 ララが寂しげにそんな俺を見ている。

 彼女には俺がティリスと知り合った経緯についても話してある。復讐の意図と目的も。

 器の小ささに笑うか、と訊いてみれば、そんな事あるわけないだろ、と叱られた。


「そんな弱者でも、奪われない世界がもしあったなら……それって、良い世界だよな」


 ぽつりとそう漏らすと、ティリスがそっと俺の手の甲に自らの手を重ねた。

 ハッとして彼女を見ると、彼女は柔らかい笑みを浮かべて、こくりと頷いた。ララの方を見ると、彼女も溜め息を吐いてから、困ったように笑って頷いてくれた。

 無理だと言うのは、俺も彼女達もわかっている。

 でも、そう願うだけなら──悪くはないはずだ。

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