聖女の素顔

 日が暮れてきた事もあって、結局そのまま近くの河原で野営をする事にした。魚が多い川だったようで、ララが張り切ってたくさん獲っていた。今夜は食うには困らなさそうだ。

 ティリスが魚を捌いていると(この前行った村でお婆さんに教わっていた)、何かを思いついたのかラトレイアが山菜を採りに行ってくると言って、自分から動き出した。

 俺達はあまり山菜に詳しくなかったので、彼女の申し出には助かったのだけれど……一体どういった狙いがあるのかわからず、俺とティリスは顔を見合わせ首を傾げ合った。

 それだけに留まらず、ラトレイアは山菜を採って戻ってくると、今度は備蓄用のジャガイモの皮を剥き始めた(ジャガイモは村でもらった)。そして、「フライパンある?」と訊いてきたかと思えば、その山菜と捌いた魚で炒め物を作り出したのだ。

 しかも、ちょっとした香辛料と塩胡椒だけで絶妙な味付けに仕上げている。彼女に料理スキルがあったとは、俺も初めて知った。勇者パーティーにいた時、彼女はこういった雑用をやっているところを見た事がなかったからだ。


「こう見えて孤児院育ちだからね、私」


 家事はお手の物よ、と少し誇らしそうに青髪の聖女は言った。

 彼女は小さい頃から、孤児院の管理者・ナディアの手伝いで料理や家事などの多くを手伝っていたそうだ。そういえば、ナディアもラトレイアがいなくなってから苦労した、と言っていた。

 ティリスがそんなラトレイアを見てどこか悔しそうにしていたのが可愛らしい。彼女は彼女で人族の女性らしさを学ぼうと、最近では村を訪れて仲良くなった人からよく料理を教わっているので、悔しいのだろう。


「魔法も戦いもあなたには勝てないけど、料理は私の方が上みたいね」


 ラトレイアが少し得意げに言うと、ティリスは「私はまだ勉強し始めたばかりですから」と悔しそうに言い訳をしていて、可笑しかった。そこだけで終わっていればよかったのだが、ララが「うわ、聖女の料理美味え! ティリスのより断然美味い!」とまた余計な事を言うものだから、ティリスは完全に臍を曲げてしまった。


「どうせ魔神の作る料理はまずいです。使えないサーヴァントですみません」


 膝を抱えて横目でちらりと俺を見て言う。そこからはいつも作ってくれてありがとな、美味いよ、と必死で俺が取り繕う羽目になったのだ。

 上位魔神グレーターデーモンだなんだというけど、ティリスは結構人族っぽいところがあると思う。拗ねるところとか。もしかすると、俺と一緒にいるからそうなってしまったのだろうか。

 ラトレイアはそんな俺達の様子を面白そうに笑って見ていた。

 なんだか奇妙な4人での食事になってしまったが、これはこれで、俺も楽しかった。ラトレイアとこうして笑い合ったのも、これが初めてだ。これまで笑われる事はあっても、笑い合う事はなかった。それが俺とラトレイアの関係でもあったから、今こうして一緒にご飯を食べて笑い合っているのが、不思議でならない。


「これだけ魚が余ってしまったなら、アンチョビにでもすればいいんじゃないかしら」


 夕食を食べている最中、小川のほとりに作られた生け簀の魚を見て、青髪の聖女が言った。ララが獲った魚を生け簀に入れて捕えてあるのだ。

 もう結構な量を食べたが、まだ10匹程度余っている。もう逃がそうかと思っていたら、聖女から思わぬ提案が出た。アンチョビか。その発想はなかった。

 

「アンチョビ? 何ですかそれは」


 ティリスが首を傾げて聖女に訊いた。


「魚を塩漬けにする保存食よ。腹を開いて魔法を掛けた塩に漬けて水分を抜けば、一晩で作れるわ。簡単だから、作り方教えようか?」

「……はい、ぜひ。宜しくお願いします」


 ティリスは少し迷ったようだが、素直に頷いていた。きっと、ラトレイアに料理で負けているのが悔しいのだろう。


「え、ずりぃ! あたしにも教えろよ!」

「じゃあ、ララちゃんも一緒に作りましょうか」

「やった!」


 ララは胃袋を掴まれてしまったせいか、何故かラトレイアと仲良くなっている。知らない間になんだか奇妙な光景が出来上がっていた。

 ラトレイアは孤児院にいた頃に年下の面倒を見ていたせいか、きっと子供の世話に慣れているだろう。上手い具合にララと接していた。と言っても、ラトレイアとララは同い年くらいのはずなのだけれど……まあ、今はそこには触れないでおこう。

 食後は聖女による保存食教室が開かれていた。

 ラトレイアに関してはすぐに解放するつもりだったから、特に何かを手伝わせる気もなかったのだけど……彼女の意外な一面を見た気がした。

 彼女がこうして自分から雑用を申し出たり、世話焼きだったりした面を俺は初めて見た。少なくとも、一緒のパーティーで冒険している間には見た事がなかった。

 ただ……彼女は今、とても自然だった。俺達を警戒している様子もなく、そして何か見栄を張ろうとしているわけでもない。ただ自然体で楽しんでいる。そんな風に見えた。

 魔神や鬼族と肩を並べて、楽しそうに料理を作っている後ろ姿を見ている限り、俺が知っているラトレイアとは別人のように思えた。


『あの子は……本当は優しい子なんです』


 孤児院の管理者・ナディアとの会話をふと思い出す。

 あの時、俺はナディアの抱いていたラトレイア像が、あまりに俺の知っているラトレイアとかけ離れていて理解できなかった。

 だが、おそらくナディアが言っていたラトレイアとは、こういう彼女の事を言っていたのだろう。

 俺の知っている聖女ラトレイアとは、性悪で外見と回復師ヒーラー強化術師エンハンサーとしてしか取り柄のない女だった。しかし、今目の前にいる彼女は、全くそうではない。何より、前まであったが全くないのだ。もし、今ここにいるラトレイアが本当の彼女であるならば、どうして彼女はああまで変わってしまったのだろうか。俺はそれが不思議だった。


(そういえば……)


 不思議と言えば、シエルの変わり様にも驚いた。彼女があの危機的状況でティリスや俺に対して暴言を吐くなど、以前の彼女からは考えられない。マルスと交わると、性格が変わってしまう呪いでも加わるのだろうか。

 いや、それとも……自分が特別な何かになった、という認識そのものが人の性格を変えてしまうのだろうか。ティリスという恋人を得た事で、俺も変わった様に。

 人の性格や思想など、案外あやふやなものなのかもしれない。

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