鬼族と剣聖②

「さあ、剣聖ルネリーデ! ケリをつけようぜ!」


 ララが素手のままルネリーデに突っ込む。

 ルネリーデはふらふらしながら何とか剣を構えているが、今の大技は彼女にとっても大幅に体力を消費しているのだ。


「く……まずい! 加勢に──」

「通しませんよ?」


 マルスがティリスの隙をついて横を走り抜けようとするが、そこはティリスの<支配領域インペリウム>の中……マルスは見えない壁に突き飛ばされたかのように、元いた場所まで戻されてしまった。


「な……!?」


 マルスは何が起こったかわからない、というようにティリスを見た。

 もしティリスに攻撃を許可していたら、今の瞬間四肢を切断されていてもおかしくなかった。不用意な勇者め──と思うが、空間内を自由にできる能力があるとは思っていない勇者マルス達にそれを予測するのは不可能だ。


「くそ……アルテナ! 魔法でこの女をぶっ飛ばせ!」

「はい!」


 眼鏡をかけた紫髪の賢者・アルテナが杖を構えて詠唱を開始する。


「万物の神よ、母なる大地よ……かの敵に──」

「静かにして頂けませんか?」


 アルテナの詠唱が完成する前に、ティリスが<火球ファイヤーボール>をアルテナの足元に放った。賢者はその爆風で馬車まで吹き飛ばされてしまい、馬ごと倒れそうになっている。

 賢者の詠唱には聞き覚えがあった。おそらアルテナも<火球ファイヤーボール>を唱えようとしたのだろう。


「なっ……!? 今、詠唱をしていなかった……!?」


 シスター・シエルが驚愕した表情でティリスを見る。おそらく、無詠唱で火球ファイヤーボールなどの強力な呪文(と言っても今のはだいぶ加減していたと思うが)を放つ敵と対峙した事がないのだろう。もちろんだが、俺もそれができる奴がいるとは思っていなかったので、シエルの驚きもわかる。


「詠唱? ……なんですか、それ?」


 そんなシエルに対して、上位魔神グレーターデーモンは微笑みながら訊き返した。

 その言葉で、シエルとマルスは如何に自分達とこの銀髪の美しい魔神とに力量差があるかを理解したのだろう。賢者と呼ばれるアルテナでさえティリスの前では赤子同然なのだ。


「くそ……何者なんだよ、お前!」

「さっきアレク様から『上位魔神グレーターデーモンのティリス』とご紹介に与ったと思いますけど……物覚えが悪い王子様なのでしょうか?」


 ティリスは丁寧な言葉を使いつつ、マルスを煽る。

 彼女はきっと、マルスとシエルを殺したいに違いないのだ。それは……きっと、俺を傷つけた2人だから。そんな殺意を彼女から感じる。


「そういう意味じゃない! こんな無能なテイ──」

「いいから見てろよ、マルス。剣聖が初めて敗北するところをよ? 歴史的瞬間じゃないか」


 俺はマルス王子の言葉を遮って言った。もしここで俺を悪く言われた事でティリスがキレてしまっては、俺の復讐が無駄になってしまう。


「くそ……アレク、卑怯だぞ!」


 マルスは俺を憎々し気に睨み。叫んだ。

 その言葉に、ぴくりとする。それは聞捨てならなかった。


「卑怯だ? 俺が?」

「ああ、卑怯だ。自分で剣を振るわず、女の魔物に戦わせえてお前は高みの見物だ。これを卑怯と言わず、何と言う!?」

「そうか、俺は卑怯なのか……」


 散々、自分達は力を持っていて、持たざる俺をコキ使い、大切なものを奪い、そして使い捨てておいて、俺が少し力を持ったら卑怯なのか。

 ふざけるな……ふざけるな!


「お前達はずっと持っていたじゃないか! 自分で戦える力を! 俺は何も持っていない。俺はお前らも知っての通り弱いからな。だからお前らは俺を虐げ、そしてゴミのように捨てたんだろうが!」


 感情の慟哭が止まらなかった。

 俺からすればずっと卑怯だとしか思えなかった存在だったお前にだけは、俺を卑怯だと言われたくなかった。

 王族で、しかも王位継承者で、挙句に剣や魔法も出来て、顔立ちも優れていて、欲しいものは何でも手に入れている。それが例え人の女であろうと、だ。

 そんなお前に、何も持っていない俺がどうして卑怯だと言われなければならないのだ。


「俺が強い男に憧れなかった時があったとでも言うのか! 持っていれば奪われなかったものもあった。持っていれば真っ当に接してもらえた。それなのに、持っていないから奪われてばかりだった。虐げられるばかりだった。そう、お前みたいな奴にだよ、マルス! それだけじゃない。こうして力を持てたとしても……好きな女に守られてばかりの俺が不甲斐ないと思った事がないとでも言うつもりなのか! ふざけるなよ!」


 力があれば戦いたかった。お前達勇者一行とじゃない。ティリスやララと肩を並べて戦いたかったのだ。初めて俺を受け入れてくれた家族のような存在なのだから。肩を並べていたいのだ。俺が守られるように、俺も彼女達を守りたいのだ。

 もしかすると、俺が夜明けの使者オルトロスとして小さな村を守る活動を始めた理由は、これだったのかもしれない。俺が弱者だから、俺と同じように何も持たない小さな村の民を、小さな幸せやその生活を守りたいと思ったのだ。

 俺が、誰からも守ってもらえなかった弱者だったから。


「アレク様……それは違いますよ」


 ティリスが視線を勇者一行に向けたまま、ちらりとこちらを見て言った。


「アレク様は強いです。少なくとも……私を助け、私に生きる喜びを教えてくれました。そんなアレク様は、私の中では誰よりも強いんです。だから私は、あなたについて行くと決めました。そこだけは勘違いしないで下さい」


 ティリスの声は小さかった。

 しかし、それは俺の心を強く刺した。


「そうだぜ、ご主人様マスター


 ララも剣聖と睨み合いながら言った。


「あたしもあんたに助けられた。あの地獄から救い出してくれたんだ。弱き者を助けられるあんたは、弱くない。卑怯でもない!」


 ララはそう叫んで、ふらふらの足取りの剣聖に突っ込んだ。ルネリーデの剣筋を掻い潜って、一気に懐まで入り込んで──拳を突き上げる。拳がルネリーデの鎧を貫き骨を折り、ルネリーデの口から吐瀉物が溢れ出た。

 剣聖ルネリーデの手から剣が滑り落ちて、腹を両手で抱えるようにして辛うじて立っている。

 剣を拾おうとルネリーデが手を伸ばそうとするが、ララは剣の柄を蹴飛ばした。剣を失った剣聖が、ララを憎々しげに睨み付けた。


「なあ、剣聖……あんたのご主人様マスターは、本当に弱き者を守ろうとしてたのかい? そういうご主人様マスターだったなら、あんたはもっと強くなってたんじゃないのか……?」 


 ララはそんなルネリーデを憐れむようにして見下ろしていた。

 ルネリーデはかすれたような目を見開き、鬼族の姫ララを見上げていた。気付きたくない事を気付かされてしまった……いや、薄々気付いていたことを言い当てられたとでも言うべきか。彼女はとても悔しそうな顔をしていた。


「だま……れ……」


 腹を押さえて一歩、二歩とよたよたと歩いて……そのまま剣聖は前のめりに倒れた。意識は残っているようだが、もう戦えそうにない。

 鬼族の姫ララ剣聖ルネリーデの戦いは、ここに終結したのだ。


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【読者の皆様へ】


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