鬼族と剣聖

 俺の声を開戦の狼煙として、上位魔神ティリス鬼族の姫ララが崖下の勇者パーティーへと襲い掛かった。

 勇者一行が構える隙もなく、ララが剣聖ルネリーデへと襲い掛かる。抜剣していたルネリーデは辛うじてララの攻撃を防ぐが、ララの圧倒的膂力から繰り出される斧撃を受け止めきれず、吹き飛ばされて崖に激突した。

 そしてティリスがララと剣聖との間にふわりと舞い降り、戦場を分断させる。マルス達に加勢に行かせない為だ。いくらララが強いと言えども、ラトレイアの補助魔法や回復魔法、更には賢者アルテナの魔法を使われれば危うい。

 次のルネリーデ攻略の為に、ここはララが一騎討ちでルネリーデを圧倒する必要がある。ルネリーデは過去に一騎打ちで負けた事がないと言う。ここで力対力で彼女を打ち負かせば、今後のルネリーデ攻略は随分容易くなるだろうと考えたのだ。

 しかしさすがは剣聖ルネリーデ。彼女はすぐに起き上がり、気合の声と共に音を切り裂くような剣撃でララに襲い掛かった。

 ララはにやりと笑ってその剣を受け止めている。それから何号か剣戟を交わしていると、徐々にララの反撃はぶんっぶんっと空を斬るようになった。そして、その代わりに剣聖の反撃がララの体を刻むようになっている。おそらく、ララの太刀筋を読まれてきたのだ。

 ララは膂力では人族の及ぶところではないが、如何せん実践経験ではルネリーデには遥かに及ばない。

 徐々にララの体に切り傷が増えているが、彼女は特段気にした様子はなかった。彼女からすれば、皮膚がやや傷付いた程度でしかないのだ。ララは変異種故に、彼女の筋肉には筋骨隆々なオーガ族の何倍もの力が濃縮されているという。ルネリーデも渾身の一撃を与えないとララにはダメージを与えられないのだ。

 膂力ではララが圧倒的に上だが、速さと戦術・技術に関してはルネリーデが圧倒的に上手だった。ララの攻撃は掠る事もなく、剣聖の攻撃だけが積み重なる。


「へえ、さすが剣聖。なかなか速えな」


 ララはにやりと鬼歯をむき出しにして笑ったかと思うと、次にルネリーデが斬り込んできた瞬間──体を後ろに倒すと同時に、地面の砂を蹴り上げた。


「なっ!?」


 撒き上がる砂埃が目に入って、一瞬だけ剣聖が目を閉じた。その隙にララは──先ほどの蹴りの反動を利用して──もう片方の足で回し蹴りを繰り出し、ルネリーデの腹を蹴り上げる。剣聖は血を吐くと同時に、もう一度崖に叩きつけられた。


「ルネリーデ!?」


 崩れた崖の瓦礫が彼女の上に降りかかると、マルス達の悲鳴が上がった。

 さっきのあの蹴りはティリスを叩き落した回し蹴りだ。剣聖と言えどもルネリーデも人族……これは死んだんじゃないか?


「おい、殺してないだろうな?」


 ララに訊くと、彼女は笑って「いや、自分から後ろに飛んでたよ」と手を振った。

 すると、次の瞬間、ルネリーデの周りの瓦礫がいきなり吹き飛んだ。

 そこには、頭に血を上らせた金髪の女剣士がいた。どうやら闘気で瓦礫を吹き飛ばしたらしい。今、剣聖の周囲には赤い闘気のオーラがバチバチと広がっている。


「……目潰しなど、卑怯な」


 ルネリーデが血を吐きながら言った。


「卑怯だぁ? あたしは自分の体しか使ってねえだろうが」


 ララはへらへら笑いながら、戦斧を構え直す。


「それを卑怯ってんなら、あんたも他の奴らに手だしさせんなよ?」

「笑止……オーガ風情が私にいくさを語るな」


 闘気のオーラを纏ったまま、ルネリーデは剣を両手で持ち、上段に構えた。

 そして気合の声を上げると共に、更に彼女の周囲に闘気が生じる。


「お……?」


 ララもこれには何かを感じ、彼女も体を闘気のオーラで包み込んでから戦斧を構える。今までとは異なり、防御を重視した構えだ。


「光栄に思え、オーガの娘。私の秘剣を受けて死ねるのだからな」


 ルネリーデの闘気が剣へと移っていき、その闘気が剣を分厚く覆う。

 なんだ、あの技は……俺がパーティーに居た時には見た事がない。嫌な予感がした。これは……もしかして──


「まずい、ララ! 避け──」

「エクセリオン……バスタァァァァァァァァアーーッ!」


 俺の声が届く前に、ルネリーデが剣を振り下ろした。それと同時に、空間に断層が生じた。そしてその断層から闘気の奔流が生まれ、波となって一気にララに襲い掛かる。その闘気の荒波はララを飲み込み、そして彼女の後ろの崖までも真っ二つに斬り分けた。

 ティリスはララをちらりと見ただけだったが、俺は呆気に取られてただ唖然とその光景を見るしかなかった。闘気の波が消えてからは、大の字に倒れているララだけが残っていたからだ。彼女の斧は無惨にもひしゃげてしまっている。


「はっはー! どうだ、見たか! 今のはルネリーデの必殺剣・<勝利を齎す破魔の斬撃エクセリオンバスター>だ! あの鮮血の地竜ブルート・アース・ドラゴンにも致命傷を与えた大技だよ!」


 もちろんトドメを刺したのは僕だがな、とマルスは大声で付け加えた。

 おそらく、見たところ闘気を集約させて放つ必殺剣といっところだ。直撃すればいくら頑丈なララでも……


「大丈夫ですよ、アレク様」


 ティリスが俺の思考を読んだかのように、くすりと笑って呟いた。


「え?」


 もう一度ララを見ると、彼女の手がぴくりと動いて、そのまま勢いよく飛んで起き上がった。

 服は所々破れてしまっているが、体には傷1つ付いていなかった


「な……!? 私の必殺剣だぞ! どうして──」

「いやぁ、すげえ技だったよ、剣聖。あたしも防御に徹してなきゃ大怪我してた」


 ララは手で服の埃を払ってから戦斧を拾い上げるが、ポロリと柄が崩れ落ちたのを見て、溜息を吐いていた。呑気に「アレクー、今度新しいの買ってくれー」と声を掛けてきているが、こちらは全く状況が理解できていない。いくら頑丈でもあの大技を受けて無傷なのが理解できなかった。


「もしあんたがその闘気に魔力も籠めてたら、あたしの負けだったかもな」


 俺含め、言葉を無くしてしまった勇者一行を見て、ララはそう言ってから、ぽいっと折れた斧を捨てた。

 そして気合いの声を上げると、闘気を身に纏わせる。それはとても分厚い闘気だった。その闘気を見て、ハッとする。なるほど、そういう事か。


「闘気の波が来るってんなら、あたしも同じくらいの闘気を纏えば問題なしだろ?」


 あたしもギリギリだったけどな、とララは付け加えてから闘気のオーラを解いた。

 闘気の波に対して闘気の壁を作って防いでいたのだ。もちろん、それは口で言うほど容易ではない。ルネリーデの<勝利を齎す破魔の斬撃エクセリオンバスター>は正しく必殺の剣で、それと同等の闘気の壁を作るのら並大抵ではない。おそらくもう闘気を練る力が残っていないから、今もさっさと解除したのだろう。

 もしかすると──魔法を主として戦う上位魔神ティリスとは相性が悪かったから勝てなかっただけで、対物理戦ではララより強い者など、そうはいないのかもしれない。

 得意気に腕をぶんぶん回すララと、笑みを浮かべてそんな彼女を眺めるティリスを見て、ふとそう思うのだった。

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